その200 ■ホトトギスの花言葉■
皆さんこんにちは。ワタシは白地に『
赤い薔薇1本の花言葉は…
『一目ぼれ』
『あなたしかいません』
『あなたを愛しています』
『愛情』
そして、ご主人様が桜雨ちゃんから貰ったのは、とっても大きなピンク色のウサギのぬいぐるみと、深いブルーのマフラー。手先が不器用な桜雨ちゃんが少しづつ少しづつ、丁寧に編み上げたマフラーです。ウサギのぬいぐるみは、飼い犬の秋君の代わりに、事あるごとにギュュゥ~と抱きしめられています。長い出張や修学旅行先にも持って行ったぐらい、お気に入り… 桜雨ちゃんの代わりなんですよね。
そして、手拭いのワタシは、剣道の練習や試合の時、必ず頭に巻いてもらいます。お洗濯は、ご主人様が優しく手洗いで、どんなに疲れていても、ワタシの洗濯は誰にも頼みません。大きく筋張った手で、優しく優しく… その時は、とっても優しい目をしているんです。
そんなご主人様、最近ハラハラしています。桜雨ちゃんが、就職の前に社会に慣れるため、アルバイトを始めたからです。
ご主人様は、ずっと桜雨ちゃんの傍に居たそうです。それは、桜雨ちゃんがランドセルを背負っていた頃からだそうで… 学生時代のアルバイトは、桜雨ちゃんの家の近所にある、桜雨ちゃん行きつけの本屋さん。高校生で家を出たご主人様は、桜雨ちゃんのご両親とそのお兄さん夫婦が経営するアパートで、一人暮らしを始めました。アパートは、車が1台通れるぐらいの道を挟んで、桜雨ちゃんのお家のお向かいさんです。中学受験をする。と、決めた桜雨ちゃんの家庭教師もやりました。桜雨ちゃんの受かった中学校は、ご主人様の母校でもある中高一貫校。ご主人様は、そこの高校教師になりました。それぐらい、ご主人様は桜雨ちゃんにべったりでした。
だから、近所と言っても、自分から放れた所で日中の大半を過ごすのが心配で心配で… そこが、学生時代お世話になったバイト先の本屋さんでも、心配は尽きないみたいです。朝晩の送り迎えは当たり前。時には様子を覗きに行ったり… 親友の梅吉さんはシスコンで、桜雨ちゃんを実の妹の様に可愛がっているので、梅吉さんと一緒だったり… たまに、娘大好きな桜雨ちゃんのお父さんも、仕事を抜けて見に来ている姿を見つけることもありました。もちろん、3人とも桜雨ちゃんには内緒です。
「
そんなご主人様に、親友で職場の同僚の笠原さんが、冷たく言い放ちました。人気の少ない職員室で、ご主人様と一緒にお弁当を食べていこの人が、桜雨ちゃんにアルバイトを進めた張本人で、桜雨ちゃんの担任でもあります。ご主人様と笠原さんの真ん中には梅吉さんが、やっぱりお弁当を食べています。三人のお弁当は、桜雨ちゃんと、従姉妹の
今日は夏休みですけれど、梅吉さんも笠原さんもご主人様も… 3年生を受け持っているので、受験生のための夏期講習や、図書室を解放しているので自主的に勉強しに来ている子の質問に答えたり、部活があったりと、出勤しています。
「今回のアルバイト、当人の白川はもちろん、彼方と修二さんにもいい練習になるでしょう。大切なモノだからと言って、ずっと手元で置いておく訳にもいかないでしょう? 囲っておくばかりが、『護る』ことでもないですからね」
笠原さんは、時として辛辣ですけれど、好評の先生です。
「… まぁ、笠原が言わんとすることは分かるよ。実際、桜雨本人も、就職に不安を持っちゃってたからね。
意外なのは、桃華がちゃんと、桜雨から自立できそうってことかな」
梅吉さん、モグモグしていた口をピタッと止めて、笠原さんをジッと見ました。
「まぁ、兄として認めるのは悔しいけれど…」
「けれど…? 続きは?」
笠原さんの勝ち誇った笑みに、梅吉さんはムッとしてそれ以上何も言わないで、ひたすらお弁当を食べていました。ご主人様、そんな2人のやり取りを聞きながら、今朝の桜雨ちゃんを思い出していました。
桜雨ちゃん、今日はアルバイトをお休みしたんです。具合が悪いとかじゃなくて、前々から今日はお休みを取っていたらしくて、いつもの笑顔でご主人様をお見送りしてくれました。
「三鷹、早退無しだからね。
午後の講習会、3時間バッチリ入ってるだろ? ちゃんと仕事しないと、桜雨に怒られるぞ」
梅吉さんの言う通りですよ、ご主人様。桜雨ちゃんの笑顔を思い出して、帰りたくなっちゃってるみたいですけれど、お仕事はちゃんとしましょうね。
ご主人様の午後のお仕事は、3時間の講習会。その後、勉強のストレスが溜まった佐伯君の相手をして、みっちり2時間は剣道をしました。もちろん、ご主人様はワタシを頭に巻いてくれました。なので、帰宅してすぐにシャワーを浴びながら、ワタシをお洗濯です。丁寧に丁寧に洗って、ピシっ!っと窓際にハンガーで干してくれました。
ピンポーン…
このタイミングで、インターホンが鳴りました。ご主人様はズボンは履きましたけど、髪も乾かしてないし、体を拭いたタオルを肩にかけただけの格好で、玄関に向かいました。
玄関のドアを開けると、そこにはエプロン姿の桜雨ちゃんが立っていました。
「あ… あの、その…これ!」
桜雨ちゃん、ご主人様の半裸を見るのは初めてじゃないはずなんですけれど、一気に首まで真っ赤っかにして、胸元に抱きかかえていた物を勢いよく差し出しました。年頃の女の子、ですもんね。これは、ご主人様が悪いです。
「桜雨…」
「こ、これは、私のサンタさんに、渡してね。三鷹さんのプレゼントは、いつも通り美味しいご飯作ったから。早く来てね」
それは、目が覚めるような青くて丸い小鉢に植えられた、純白のホトトギスでした。ご主人様が勢いに押されて受け取ったのをチラッと見て、桜雨ちゃんは勢いよく走って帰っちゃいました。そんな桜雨ちゃんの後ろ姿を見送りながら、珍しくご主人様の口元が緩んでます。ご主人様はドアを閉めながら、去年のクリスマスの約束を思い出していました。
それは、雪の積もった商店街でした約束でした。
「あのね、三鷹さん… 私にもサンタさん来てくれたの。メッセーカードと、凄く素敵な真っ赤な1輪の… 私、ちゃんとお返事したいな」
雪の中、桜雨ちゃんは少しだけ顔を上げて、上目使いでご主人様を見ました。
「代わりに、俺が聞こう」
ご主人様は、繋いだ手に軽く力を込めました。『サンタさんの』代わりになんて言わないで、素直に聞けばいいのに…
「… 来年のお誕生日に、ホトトギスのお花をプレゼントさせてください。って、伝えて?」
ご主人様、ホトトギスって知らないんです。不思議そうな顔をしたご主人様に、桜雨ちゃんは、ニッコリ微笑んで頷きました。
あの日の約束通り、桜雨ちゃんはご主人様にホトトギスのお花をくれました。今日、ご主人様のお誕生日に。
ご主人様、暫くはホトトギスを見つめながらニコニコしていたんですけれど、不意にドタバタとTシャツを着て、家を飛び出しました。大事に抱えているホトトギスが細いので、折れない様にゆっくり歩きます。本当は、メチャクチャ走りたいんですけど。
「美和さん」
ご主人様が向かったのは、桜雨ちゃんの両親が経営しているお花屋さんです。店仕舞いをしているのは、桜雨ちゃんのお母さんの美和さんです。
「あら、三鷹さん、お帰りなさい。桜雨ったら、昨日から張り切って料理の仕込みして、今日もキッチン占領していたから、お夕飯、期待していいわよ」
ニコニコしている美和さんの周りを、ご主人様はキョロキョロ確認しています。
「修二君、まだ配達から帰ってないから、大丈夫よ」
「あの、この花の手入れを教えてください」
クスクス笑う美和さんの言葉を聞いて、ご主人様は安心してホトトギスを差し出しました。
「このホトトギスね、3月に桜雨が苗をその鉢に植え付けたの。この鉢、一目ぼれで選んだらしいけど、水捌けがイマイチだったのよ。ホトトギスは水捌けが良くないといけないから、自分で底に穴をあけて、鉢底石もちゃんと引いて、用土も選んで… ホトトギスは日陰で少し湿った環境が適しているの。こまめにお世話して、ここまで育てたのよ。学校があるから、私もお手伝いしたけどね」
美和さんはニコニコしたまま、エプロンのポケットから一枚の紙を出しました。
「これに、お世話のポイントが書いてあるから、頑張ってね」
美和さん、ご主人様が聞きに来るって、分かっていたんですね。
「修二さん、ホトトギスの花言葉知っているから」
桜雨から貰った事、バレないようにしてね。そう言う事だと理解して、ご主人様は大事にホトトギスを抱えて帰りました。桜雨ちゃんのお父さんの修二さんが帰って来ないか、ちょっとビクビクしながらです。
ホトトギスは、玄関の下駄箱の上に飾られました。幾つもの小さな白いお花が、何もなかった空間を一気に華やかにしてくれました。そこに桜雨ちゃんが居てくれるようで、触れたらその小さなお花が落ちちゃいそうな所も同じようで… ご主人様は桜雨ちゃんを抱きしめてくなって、ベッドの上に置かれている大きなウサギの縫いぐるみをギュギュギュギュュゥ~と、ベッドに寝転がって抱きしめました。… これ、縫いぐるみじゃなくて桜雨ちゃんだったら、あばら骨の3~4本は折れてますよ。
「ホトトギスの花言葉は、永遠にあなたのもの…」
そう呟いたご主人様は、縫いぐるみを抱きしめる腕に、さらに力を込めました。