■その198 カエルのおねえちゃん ■
僕の主はお料理が得意です。和食も洋食も中華も、美味しく作ります。けれど、手先を使うことはちょっと苦手です。
「うん! 上手く行かないなぁ~」
夕食後のお風呂上り、
「おねーちゃん、ただいま~」
「ただいま~」
秋君のお散歩から、双子君が帰って来ました。
「まだやってる…」
「紙で擦れて、指紋無くなっちゃうんじゃない?」
「
「だってさー…」
双子君達は賑やかに会話をしながら、冷蔵庫から麦茶を取ったり、グラスを出したり、ついでにアイスも出したりと、忙しそうです。手洗いとうがいは済んだのかな?
そんな雑音も、主は右耳から左耳へと通過です。主、今日のアルバイトで、プレゼント包装が上手く出来なかったんです。それはもう、店主が苦笑いする仕上がりでした。なので、滅多に入らない一番風呂に入って、ずっと練習しています。クーラーが効いているのに、額には汗がキラキラ。珍しく、眉間に皺が寄っています。
メチャクチャ集中して集中して… 紙がクシャクシャになりました。
「おかしいなぁ~、動画の通りにやってるんだけどなぁ…」
大きなため息をついた主に、横からカップアイスが差し入れされました。主の大好きな苺ミルク味です。
「ポイントを押さえるといい」
差し入れの主は、
「ありがとうございます。ポイント、押さえてるつもりなんだけどなぁ…。
はぁ… 美味しぃぃぃ~」
苺ミルク味のアイスを頬張ると、眉間の皺がみるみる取れていって、いつも以上にとろけたお顔です。
「この動画、ポイントが少しずれてるぞ。きっと、この投稿者の癖だな」
「そっかぁ~、ズレてるのかぁ」
それじゃぁ、いくら頑張っても上手くならないわけです。主、ガックリ肩を落としました。
「一緒にやってみるか?」
そんな主の手を、三鷹さんが後ろから抱えるように取りました。
「ここに本を置いて… 一度、折り目をつけて…」
硬くて大きな手と、硬い本に挟まれた主の手は、緊張で一気に汗ばみました。三鷹さんの胸が、主の背中に付くかつかないか…薄い空気の層が余計に三鷹さんを意識させちゃって、主の心臓はドキドキです。最近、アルバイトの事で頭がいっぱいで、三鷹さんとのスキンシップがなかったから、余計ですね。
「ほら、集中。もう一度やろう」
「は、はい」
そんなドキドキ、三鷹さんはお見通しの様です。
主は気持ちを切り替えて、もう一度集中しました。背中と手から伝わる三鷹さんの熱に、ドキドキは止まりませんでしたけど。
そんな猛特訓の成果を、見せる日が来ました! 小学1~2年生ぐらいの女の子が、絵本のプレゼントを買いに来たんです。ツインテールと水玉ワンピースが良く似合う、可愛い子です。
「ラッピング用紙は、どれがいいかな?」
「あのね、ユウ君、青い色が好きだからこれ」
ラッピング用紙の一覧表から、女の子は白い雲が浮いている空模様を選びました。
「ユウ君にあげるの?」
「うん。… ユウ君、お引越ししちゃうから」
女の子が買った絵本は、『お友達』がテーマの、パステルカラーの絵本です。
「遠くに行っちゃうの?」
「そうみたいなんだ」
ちょっと悲しそうな女の子に、主はちょっと待ってね、と声をかけてバックヤードに鞄を取りに行きました。
「お待たせして、ごめんね。このカード、使う?」
主が鞄から出したのは、白い雲が浮いてる空のメッセージカードでした。
端っこに、傘にぶら下がっているカエルが描かれています。
「いいの?」
「もちろん。ペンも、私のは使っていいからね、どうぞ」
主はレジ台横にある、文具コーナーの机にスペースを少し作って、椅子も用意してあげました。そのスペースで、女の子はよーく考えながら、メッセージカードを書きます。その間、隣のレジでは、主がニコニコとレジ打ちです。
「おねえちゃん、書けたよ!」
嬉しそうに声をかけてくれた女の子に、主もニコニコです。
「そうしたら、一緒に包もうか」
「一緒に?」
ニコッと頷いて、主は女の子が選んだ空の包装紙と、絵本を取り出しました。今まで女の子が使っていたスペースで、主は女の子の後ろから手を取って、一緒に絵本を包み始めました。主、自分の後ろに三鷹さんがいて、手を取ってくれてる感じがしました。もちろん、メッセージカードを入れるのも忘れてません。
「凄い! 上手に出来たね!!」
「わぁー…」
練習の成果でしょうか? 女の子が一緒だからでしょうか? ラッピングはピシ! っと仕上がって、主も感動です。
「リボンも、青が良い? って言っても、シールでぺッタンってするやつだけど」
「うん、青!」
主は引き出しからリボンのシールを取り出して、女の子に渡しました。
「ぺッタン、どうぞ」
女の子は、裏のシール部分を剥がすと、ごっくんと生唾を飲み込んで、ゆっくり慎重に包装紙の上に張りました。
「… できた」
「うん。素敵に出来たね」
出来栄えに感動する女の子に、主が優しく声をかけました。
「おねえちゃん… カエルのおねえちゃん、ありがとうございました」
女の子は、主の胸元にあるカエルのピンバッチを見て、大きな動作で頭を下げました。
「気をつけてね。ありがとうございました~」
ビニール袋に入った本を大事に抱えて、お店を飛び出ていく女の子を見送って、主は懐かしい気持ちになりました。
「カエルのおねえちゃん、だって」
そして、胸元のピンバッチを指先で撫でて、嬉しそうに微笑みました。