■その196 希望進路決定4・就職前にやってみよう!■
進路指導最終日。就職先が決まっている主は、最後の最後です。けれど、お約束の時間になっても、主が教室に来ないので笠原先生が主が行きそうな所を覗いてみると… 一か所目で見つけました。主、活気あふれる武道場で、剣道部の練習をクロッキーしていました。後輩に教えながらクロッキーしていたみたいで、完全に時間を忘れていましたね。剣道部さん、引退前の3年は最後の試合を控えていて、特にスポーツ科の生徒は熱がはいています。
「一番、希望があやふやだった生徒が、最初に決定しましたね。
あの後、連絡等は?」
笠原先生と主は、剣道場の隅っこで進路指導を始めました。
「夏休みに入ったら、一度会社にお邪魔する予定になってます」
主と笠原先生の間に置かれた『進路希望』のプリントには
『決定・満月出版社』
と、第一希望の欄に書かれています。そしてそのすぐ下、第二希望の欄には…
「そうですか。そちらは、美術部顧問とも連絡が取られているようなので心配ないのですが、まぁ、その下ですよね、伺いたいのは」
「進路希望です」
笠原先生が、トントンとプリントの第二希望を人差し指でさしました。主、いつもの屈託なない笑顔です。
「何か、
「恋人らしいことは、卒業するまで… って、待っててもらっているので、何もないですよ。でも、正直言うと、不安なんですよね。今までと違った生活が始まるので… 今まで、ずっと、桃ちゃんと一緒だったから」
「なるほど。これからは、文字通り『自立』しなければなりませんからね」
主、就職先が早々に決まったのはいいんですが、言葉通り
これからは、自分で確りしなきゃいけないんだ! 何でも、1人で出来なきゃいけないんだ!!
と、気合を入れたものの、逆にプレッシャーになっちゃったんですね。
「… 本当は、結婚して今まで通り家の中にいたいんです。って、事じゃないんです。その… 何て言うか、上手く言えないんですけど、繋がっている何かが欲しいと言うか… 自分は三鷹さんの! って、確かに思える何かが欲しいと言うか…」
主、自分の気持ちを上手に伝えられなくて、んー… って、考えこんじゃいました。
「ああ、よく、分かりますよ」
「そうですよね。先生なら、分かってくれると思いました。
先生、桃ちゃん、とぉ~… っても、喜んでいましたよ」
主、笠原先生にニッコーォリと、意味深な笑顔を向けました。
「白川に報告をするのは、想定内ですよ」
「あ、まだ私にだけ、みたいですよ。梅吉兄さんには、もう少ししてから、気持ちが落ち着いてから話をするから内緒ね。って、約束したから、黙ってますよ」
そうです、笠原先生が一番気にしているのはそこなんです。シスコンの梅吉さん… 進路指導中にプロポーズした何てバレたら、絶対、黙ってませんもんね。
「お気遣い、ありがとうございます」
表情を変えることなく、笠原先生がお礼を言いました。すると、練習している剣道部の部員達から悲鳴が上がりました。怒鳴り声も聞こえます。
「佐伯君、熱が入り過ぎましたかね?」
笠原先生の言う通り、騒ぎの中心は佐伯君の様です。剣道場の中心辺りで、剣道姿の佐伯君がお面を取って、竹刀を振り上げて何やら怒鳴っていますが、後ろから三鷹さんに一発殴られて大人しくなりました。
佐伯君は3年生なんですけど、試合に出ないので、三鷹と梅吉と一緒に指導側に回っていました。
「佐伯君、卒業後も指導で部活に来るらしいです。正直、羨ましいな」
主は、梅吉さんに怒られている佐伯君を見ながら、寂しそうに微笑みました。
「白川も、描きに来ればいいんじゃないですか?」
主は練習を再開し始めた剣道部員達を見ながら答えます。
「… 私、後輩を指導できるほど知識も技術もないですよ? それに、卒業生が遊びに来るの、うちの部は希です。なんだから、顔だしずらいかな。就職も結婚も嬉しいけれど… 美術室で描き続けたいのが本音です。学校に溢れてるいろんな音を聞いて、あの窓から入ってくるお日様や夕陽の光や風を感じながら描きたいです」
「なるほど…」
「あと、水島先生の授業が受けられなくなるのは、寂しいかな」
熱く指導する三鷹さんを見つめながら、主は呟きました。
「では、アルバイトしてみましょうか?」
「アルバイト、ですか?」
キョトンと驚く主に、笠原先生はいつもの調子で頷きました。
「そう、アルバイトです」