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第192話 おまじない

■その192 おまじない■


 もう少しで中間テストです。僕の主の桜雨おうめちゃんは受験生なので、放課後は皆でお勉強です。松橋さんと近藤先輩は塾だから、今日は欠席ですね。

 図書室の一番奥、会議用の机に向かい合わせで座って、皆で頑張っています。主は窓際の席で、隣はもちろん桃華ももかちゃん。

 6月末の少し蒸し暑い、だけどクーラーはまだいいかな?と思える気候なので、図書室の窓という窓は全開になっています。風が通り抜けて、心地よくて… 佐伯君、ウトウトしてますね。


「佐伯君、問2、問題を最後まで読んでみて」


 そんな佐伯君に、隣に座っている田中さんがシャーペンで問題集をトントンとしました。


「… ん、あい」


 佐伯君、目をこすって大きな欠伸あくびをして、問題をブツブツと読み始めました。


 図書室でお勉強しているのは、主達だけじゃないです。1年生も2年生も… 皆、一生懸命お勉強です。無駄な会話はありません。シャーペンがノートの上を走っていく音と、たまに姿勢を変えた時にパイプ椅子が軋む音しか聞こえません。テスト1週間前だから部活も無いので、外からの音も入ってこないんです。


 主も頑張ってはいるんですけれど、苦手な化学は中々頭に入って来ません。目の前の佐伯君の様に、欠伸が出ちゃいます。移ったんですかね?


 セミロングまで伸びた髪を桃華ちゃんと同じように、鬼灯ほおずきの下がったかんざしで簡単なお団子にしている主は、うなじを撫でていく風に気持ちよさそうに目を細めながら、


ちょっと、休憩…


と、大きく背伸びをします。そんな主の足元に、どこからか消しゴムが転がってきました。まだ、買ったばかりの真新しい消しゴムです。


「誰か、消しゴム落としたよ~」


 そう言って主は、上半身を曲げて足元の消しゴムを拾いました。


「私の! 触らないで!!」


 図書室には不釣り合いなボリュームで、持ち主が現れました。主はビクッと驚いて、一度は拾った消しゴムを落としてしまいました。声の主は、図書室中の視線を独り占めにしています。佐伯君も、目が覚めたみたいです。


 桃華ちゃんと同じぐらいの身長で、真っ白な夏服から出ている腕や首は細くて、折れちゃいそうです。全体的に、細身のその子は、セミロングの黒髪をお団子にしたその子は、主よりちょっと大人っぽい雰囲気です。


「あ、ごめんなさい…」


 どうしていいのか分からない主は、オロオロとしたまま、隣まで来たその子を見上げました。奥二重の少し腫れぼったい瞳に、怒りの色をあらわにして主を少し見下ろしてから、主の足元に転がったままの消しゴムを拾いました。


「よりにもよって、あんたに拾われるなんて、最悪」


 その子は毒を這い出すかのように低い声で言い捨てると、サッサと自分の席に戻ろうとしました。


「そんな性格ブス、誰も振り向いてなんかくれないわよ。消しゴムの無駄ね」


 桃華ちゃんの凛とした声が、異様に静まり返った図書室に響きました。


「はぁ? 先輩に、私の何が分かるんですか?」


 その子は、振り返って桃華ちゃんを睨みつけました。


「分からないわよ、貴方の事なんて。でも、貴方も桜雨おうめの本当の事なんて、分からないでしょう? 周りの噂で作られた桜雨に勝手に焼きもち焼いて、勝手に敵視して、八つ当たりしていたら、どんどん心も顔もブスになっていくわよ」


 桃華ちゃん、椅子に座ったまま少し睨みつけて言いました。


「ふ… ふん!」


 その子は何も言い返せなくて、悔しそうな顔をして、走って図書室から出ていきました。荷物は置きっ放しです。


「… 桃ちゃん、私、何か悪いことしちゃったのかな?」


 眉尻を下げたままの主が、桃華ちゃんを見ました。


「八つ当たりよ、八つ当たり。桜雨は何も悪くないわよ」


 桃華ちゃんは笑いながら、手をヒラヒラと振ります。


「でも…」


「あ、そうか。消しゴムのおまじないしてたんだ」


 主の声は、大森さんの声に消されました。お呪いですか?


「お呪いって、なんだ?」


 佐伯君の質問に、大森さんが自分の消しゴムを目の高さまで上げました。そして、真ん中に巻き付いてる紙のケースを外して…


「真新しい消しゴムに、好きな子の名前を書いて、使いきったら両想いになれるお呪いなの。でも、お呪いしてることを誰にも言っちゃいけないし、誰にも触らせちゃダメなの」


 ケースを元に戻して、ノートの文字を消すふりをします。


「あ、小学生の頃、流行った!」


「うちは、中学校でもやってる子、いたよ」


 思い出した! と、主は小さく手を合わせました。大森さんは、そうそうと頷きます。


「あの言い方だと、あの子…」


 三鷹みたかさんが好きなんでしょうねぇ…。田中さんは言葉を濁して、ドアの方を見ました。


「そっか。それなら、私に触られるの、一番いやだよね」


「でも、あの言い方はないわ。東条っチの言い分はごもっとも。まぁ、気持ちは良くわかるけどね」


 困ったように微笑む主に、大森さんは苦笑いで返しました。


「でも、お呪いなんて、どうせ効かないんだろ?」


 佐伯君、完全に勉強の集中力が切れたみたいですね。ノートや問題集の上に、上半身を乗せています。


「私、叶ったよ。消しゴムのお呪い」


 バッ! と、皆の視線が主に集まりました。桃華ちゃん達だけじゃなく、近くの席で聞き耳を立てていた子達もです。男の子が多いいですかね?


「もしかして…」


「でも、その頃は、名前を知らなかったんだけどね。叶ったのは、消しゴムを使い切ってから、だいぶ時間が経ってからだったな」


 大森さんにシャーペンを向けられて、主は照れくさそうに言いました。桃華ちゃんは、面白くなさそうに教科書をぺらり… ぺらり… とめくっています。


「名前、書かなきゃダメなんだろう? 知らないんじゃ、ダメなんじゃねぇの?」


「そうそう。名前、何て書いたの?」


 佐伯君と大森さんよりも、周りの人たちの方が興味津々。数人は、聞いてないふりしてますけど、体が主の方に傾いてます。


「終わった事はどうでもいいでしょう。ほら、今はこれからあるテストの事を考えなきゃね」


 桃華ちゃんは、そんな佐伯君と大森さんと、周囲の興味津々の子達に強めに言いました。


「そうね。時間がもったいないわ」


 田中さんも桃華ちゃんに同意して、再びお勉強をし始めました。


「真面目ちゃんなんだから」


 面白くなーい! って呟きながらも、大森さんもお勉強を再開です。


「まったく、『カエルの王子様』なんて… 良く叶ったわよね」


 桃華ちゃんが小さく、本当に小さく呟くと、隣の主が悪戯っこみたいな笑顔で、そっとウインクしました。




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