■その191 『ありがとう』を形にして・お酒とお金と恋愛と2■
「で、そんなお兄ちゃんは、いつ恋人を作るのさ?」
空いたグラスを手にした竹ちゃんさんが、梅吉さんに聞きました。
「俺? 俺は、作る気ないよ。だって、
ちょっと、自虐的な言い方です。
「あら、じゃあ、私がピッタリじゃないですか。お家騒動も知っているし、私のお父さんは東条の会社の専務だし、妹さん達をよく知ってるし、オッパイ大きいし、何より家族思いの東条先生が大好きだし… ほら、東条先生にお似合いな条件じゃないですか?」
梅吉さんにウインクしながら、三島先生は海藻サラダを一口頬張りました。
「いや、意味分からんよ?」
梅吉さん、首をかしげてウインクを避けました。
「まぁ、一番したたかなのは、三島先生ということですね」
「狙った獲物は逃がさないだっけで~す」
笠原先生に言われて、三島先生はニコニコと答えます。
「
そんな三島先生に、小暮先生が突っ込みました。
「和君、ひどーい! それは言わないでって、いつも言ってるじゃない」
「和君? 思い返せば、三島先生と小暮こそ、恋人同士のようですよね?」
唇を尖らせて抗議する三島先生に、笠原先生が反応しました。確かに、夏祭りとかも、一緒に行ったりしてるんですもんね。
「あ、誤解です誤解です。和… 小暮先生は幼馴染なんです。ほら、お父さん達の会社、一緒じゃないですか。小暮先生のお父さんは副社長になったけど、入社した時は私のお父さんの部下だったんですって。お母さんも、私を生むまでは一緒に働いていたらしくて、昔は家族ぐるみの交流あったんです。あ、今でも、たまーに皆でお食事したりしますよ。でも、今は皆偉くなって忙しいから、本当にたまーにですけど」
あー、だからか。だから、三島先生をぞんざいな扱いする時があるんだ。と、梅吉さんと笠原先生は納得しました。
「でもさ、報われないのは、心が折れない?」
竹ちゃんさんに聞かれて、三島先生はちょっとだけ考えます。
「んー… そうしたら、たぶん諦めます。どうせ私の独りよがりだから、東条先生はスッキリするだけでしょう?」
「
同情する竹ちゃんさんに、三島先生はニコッと笑います。
「慣れてますもん」
「… それも、不憫だ。不憫だから、1品オマケしてあげるよ」
そう言って、竹ちゃんさんはポケットから伝票を出して、書き換えていました。
「ラッキー! ありがとうございます。じゃぁ、チーズ5種盛り合わせ、追加お願いします」
「はいよ~」
空いたグラスやお皿をガチャガチャ鳴らしながら、竹ちゃんさんは厨房へと戻って行きました。座敷の襖が閉まった音を聞いて、三島先生が話を続けました。
「まぁ、でも真面目な話ですね、
『人選ミス』に、皆さんは激しく同意です。お酒を呑みなが、オツマミを食べながら、ウンウンと頷きました。
「… おじさんへの定期報告は?」
「適当、適当。好きな人のプライベートを、ペラペラ喋ったりなんかしないわ。って、言いたいんだけれどガードが固くて、学校外の事は中々分からなかったのよね」
てへっ! って笑う三島さんを、小暮先生は呆れて見てます。
「あ、でも、あんな大変な事になるって知っていたら、嘘の情報を流すぐらいはしましたよ。だって、好きな人が嫌な思いするの、嫌ですもん」
「… ちゃんと、おじさんからの依頼内容を理解していれば、出来たのにな」
「それね~」
小暮先生の嫌味に、三島先生は苦笑いです。
「なので、私の正体がバレちゃったから難しいと思うんですけど… 今まで通り教員の三島先生として接してくれますか?」
三島先生が、不安げな顔で梅吉さんを見上げました。
「あ、それは大丈夫ですよ。スパイとしてもポンコツですから」
「嘘の情報掴まされても気が付かないだろう、お前」
すかさず、笠原先生と小暮先生がお酒を呑みながら突っ込みます。
「『も』って、なんですかぁ? 『も』って!」
「スパイどころか、本職の教師もポンコツってことでしょうよ」
眉を寄せて唇と尖らせる三島先生。その唇を摘まんで左右に揺らして、小暮先生は呆れて言いました。
「ちょっ! 和君なんか、ターゲットに警戒されてたでしょう! そっちだって、ポンコツじゃない!」
小暮先生の手を払いのけて、三島先生は反撃に出ました。
「それは…」
小暮先生が言い返そうとした時、それまで大人しく呑んでいた
「三鷹、トイレ?」
「帰る… 帰って、桜雨に膝枕してもらう」
見上げて聞いた梅吉さんに、三鷹さんはボソボソと答えて歩き出しました。三鷹さん、いつもより呑んでないようですけど、お疲れですかね? お疲れの時は、膝枕が良いですもんね。
「ちょっ、ダメ! それ、アウト!!」
「えー、東条先生、膝枕だったら、私がしてあげますよ~」
慌てて後を追おうとした梅吉さんに、三島先生が抱きつきました。
「三島先生、何気に酔ってたんですか?」
顔色、変わらないんですね、三島先生。
「笠原、三鷹止めて」
「… 俺も、桃華に膝枕してもらいます。お先に~」
そう言って、笠原先生は三鷹さんと自分の鞄を持って、三鷹さんを追いかけます。
「笠原! ちょっと、三島先生! … 三鷹~ぁぁぁぁ。竹ちゃん、そこの2人を止めてぇぇぇぇ」
梅吉さん、サーっと顔色を無くして、三島先生を振りほどこうと頑張ります。三島先生は、すっぽんの様にくっついて放れません。
「お二人とも、堂々とコンプライアンス違反発言。スマホで録音しとけばよかったな」
そんな4人をみつつ、小暮先生は1人ゆっくりとお酒とご飯を楽しんでいました。もちろん、目の前の梅吉さんと三島先生の姿は、確りと写真に撮りました。