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第190話 『ありがとう』を形にして・お酒とお金と恋愛と■

■その190 『ありがとう』を形にして・お酒とお金と恋愛と■


 日曜日の夜、駅近くの竹ちゃんさんの呑み屋さんは、早い時間というのもあって家族連れが目立ちます。その賑わいから逃げるように、奥の座敷ではサプライズウエディングを無事に終わらせた梅吉さん達が、反省会をしていました。

 テーブルを囲んでいるのは、梅吉さん、三鷹みたかさん、笠原先生、小暮先生、三島先生の5人です。主、桃華ももかちゃん、工藤さん、佐伯君、は会場にしたお店のお片付け。はしゃぎ疲れた双子君達は、秋君と一緒に夕寝。坂本さん、高橋さん、岩江さんの理容師組は、お仕事の為お店に。松橋さん、田中さん、大森さん、近藤先輩の受験組は塾へ。東条家、美和さんの妹さんと和桜なおちゃん、美世さんの兄弟達は帰路につきました。

 そして、幸せな2組の花嫁花婿さんは、梅吉さんの提案で隣町のスパに行きました。


 梅吉さん達が囲んでいるテーブルの上には、人数分のアルコールと、ちょっとしたオツマミ。その間々に、領収証やレシートが数枚置かれています。


「で、実際の出費はどれくらい? 規模の割には、レシート類が少ないですね」


 ビールを呑みながら、小暮先生は手前のレシートを手に取りました。口紅を2本買ったレシートです。


「私も、後学のために聞きたいでーす」


 三島先生はカンパリオレンジを吞みながら、梅吉さんにもたれ掛かっています。今日は桃華ちゃんも主も居ないし、梅吉さんも疲れ切って抵抗力が弱いので、三島先生のやりたい放題ですね。


「今回は会費制でやったから、そんなに懐は痛んでないかな。

 母さんと美和さんへの『エステ券』と、口紅、ブーケ・ブートニア、ウエディングフォト、リムジンは、子ども達からのプレゼントだから7人の小遣いから。理容師3人の出張費、当日スタッフのバイト代、会場飲食代、店内クリーニングを会費から出した感じかな」


 梅吉さんは、寄りかかっている三島先生を押しのける元気も気力もなく、緑茶ハイを呑みながら答えました。


「子ども達7人? …2人、多くないですか?」


 三島先生、指を折って人数を確認します。


「白川さん、東条さん、双子君、東条先生… ああ、笠原先生と水島先生もですか。将来の娘婿、ってことですか?」


 少し、揶揄からかうように聞いてきた小暮先生に、笠原先生は


「当たり前ですが、何か問題ありますか?」


と、サラッと流しました。


「ウエディングフォトとリムジンって、けっこう高そう~」


「フォトはジューンブライドという事もあって、他の月よりは少し割高でしたね。けれど、リムジンは想像よりお安かったですよ。最近は、女子会の会場としの利用方法もあるようですね」


 笠原先生は、鞄の中からファイルを取りだすと、開いてテーブルの真ん中に置きました。そこには、リムジンの会社のHP(ホームページ)をプリントアウトしたものがありました。


「へ~、今度、使ってみようかな?」


 三島先生、興味津々です。ファイルを手に取って、ジーっと見始めました。


「店内クリーニングって?」


「片付けあと、業者にクリーニングを頼んであります。『父の日のプレゼント』ですね。

 因みに、修二さんがゲストやバイトにお礼として渡したプチブーケは、修二さんのポケットマネーですよ。佐伯君の見立てでは、売値単価500円程だそうです」


 小暮先生の質問に答えながら、笠原先生はレシートをまとめ始めました。


「可愛いブーケで嬉しいんだけど、私まで頂いちゃって、良かったのかしら?」


「珍しく、控えめですね。大丈夫ですよ、撮影、編集制作のお礼ですから。

今日の動画、期待していますよ三島先生」


 レシートから目を放さないで、事務的な口調で笠原先生に言われた三島先生は、そっと梅吉さんから体を放して座りなおしました。


「ご期待に応えられるよう、頑張ります」


 そして、小声でつぶやきました。


「はい、お待たせ~」


 竹ちゃんさんが、料理を運んできてくれました。


「竹ちゃん、今日はありがとうな~。1日料理作りっぱなしで、疲れたっしょ?」


「料理作るのは好きだし、何より修二さん達の結婚式だもんな。声かけてくれて、嬉しかったよ」


 手にした料理の他に、座敷の上り口に置いた料理をテーブルに並べていく竹ちゃんさんに、梅吉さんがお礼を言います。焼きそば、もつ煮、長ネギとチャーシューの和え物、鳥軟骨のから揚げ、冷ややっこ、牛筋大根、甘辛つくね、海藻サラダ… どれも美味しそうです。


「俺の結婚式の時も、頼みますよ」


「お、笠原先生、いつ?」


「「「いつ?!」」」


 竹ちゃんさんと同時に、梅吉さん、小暮先生、三島先生が身を乗り出して聞きました。


「ちょっ、ちょっ、ちょぃ待て… 待て待て待て待て」


 中でも、梅吉さんはプチパニックです。片手の手のひらを笠原先生に向けて、もう片手は自分の頭を押さえています。落ち着こうとしているんですね。


「あ、まだ何もしていませんから、安心してください。俺としてはいつでもいいんですが…」


 シレっとレモンサワーを呑みながら言う笠原先生の襟元を、梅吉さんはガッと掴みました。


「『まだ』じゃないでしょうよ! 『いつでも』良くないでしょうよ! うちの桃華は高校生!! しかも受験生! コンプライアンス違反!!」


「東条先生、落ち着いて~」


 隣の三島先生が、慌ててその腕を外そうとしました。けれど、ビクともしません。小暮先生も、まぁまぁ… とワタワタしていますが、三鷹さんは我関せずと言った様子で、日本酒のグラスを傾けていました。


「梅吉、お酒が零れます」


 笠原先生も、落ち着いています。


「笠原~」


 笠原先生の態度に毒気を抜かれて、梅吉さんは手を放しました。


「安心してください、桃華のマイナスになるようなことはしませんし、スキャンダルになるようなミスはしませんよ。受験が終わるまで位は、待てぐらい出来ますよ」


 いつもの調子で言われて、梅吉さんは頭を抱えながら大きく溜息をつきました。


「… ほんと、頼むよ」


 チラッと三鷹さんを見た梅吉さんは、もう一度大きなため息をついて、緑茶ハイを一気に呑み干しました。


「俺の、一番の宝物なんだ」


「俺もですよ」


 お酒の混じった呟きに、笠原先生が優しく同意しました。三島さんは、そんな2人をチラッと見て、お酒のグラスをグイっと煽りました。


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