■その189 『ありがとう』を形にして・護ったモノが繋がった日■
主も
ちゃんと出来るかな? そもそも結婚式をしなかった理由を知らないから、やることでお母さん達に悲しい想いをさせてしまわないかな? 余計なお世話だったかな? お
そんな不安があったんです。けれど、その度に長崎のグラバー園で見た花嫁さんの幸せな笑顔を思い出して
ウエディングドレスの写真だけなら、あの花嫁さんみたいに喜んでくれるかも。
そんな思いが、主と桃華ちゃんの胸の中でグルグルグルグル回っていました。梅吉さん、笠原先生、
そんな事を思い出しながら、主は椅子に座ってサムシングブルー用に描いた絵を見ながら、オレンジジュースを飲んでいます。勇一さんが選んでかけるクラシックレコードと、店内に充満している笑い声は、今の主には遠くに聞こえています。
「素敵な絵ね」
美和さんによく似た女の人が声をかけました。黒いドレスより、パステルカラーの方がよく似合いそうです。
「サムシングブルーを用意するなら、これが描きたいって、思ったんです」
「青い色は寒色なのに、この絵は温かく感じるわ。
主は恥ずかしそうに微笑んで、少し先のテーブルで双子君達と一緒にデザートを食べている
「和桜ちゃん、今日来るの、怖がっていませんでした? 着いた時、嬉しそうに笑ってくれていましたけど… 誘拐された時の事を思い出して、本当は怖いんじゃないかって…」
心配している主に、美和さんによく似たその人、妹の和美さんは隣に座って優しく微笑みながら答えます。
「あの子、一人っ子なの。私の両親も早くに亡くなってしまったし、あの子の父親もあの子が生まれる前に事故で亡くなってしまったから、ずっと私と2人だったの。だから、桜雨ちゃん達に出会えて、すごく喜んでいたわ。お姉ちゃんが2人も出来たって」
「でも…」
主の眉がハノ字に下がります。
「誘拐は、怖かったみたい。私も大怪我をしたし。けれど、桜雨ちゃんや桃華ちゃんが護ってくれたじゃない。その時は、従妹だって知らなかったのによ? あの子にとって、桜雨ちゃんと桃華ちゃんはスーパーヒロインなの。今日、お兄ちゃん達や、同い年の従兄弟にも会えるって分かった時、すっごく喜んでいたのよ」
「… 良かった、トラウマにならなくて」
「あの子の事をそんなに思ってくれて、ありがとう。でも、東条のお
ホッとした主を見て、和美さんは主の手を取りました。
「悪く思えるほどの情報をもっていません。それこそ、桃ちゃん家以外の親戚が、降って湧いた感じなんで」
主が苦笑いすると和美さんは、そうねと言って話を続けました。
「姉(美和)さんと修二さん、結婚するまでもしてからも、色々あったの。
それは、修二さんのお兄さんも関係しているのだけれど… 結局、縁を切る形で修二さんとお兄さんは家を飛び出たのだけれど、由緒ある御家でしょう? 周りが、ほおっておかなかったのよね。だから、お祖父様やお姉さん(一美)達は、影から見守っていたのよ。
今回みたいな派閥争い、実は、以前もあったの。血縁者が標的にされていたから、姉さんは私や母さんを護るために、連絡を極力避けたの。その代わり、東条のお姉さんとは、定期連絡の様なやり取りをしていたみたい。でも、桜雨ちゃんが生まれる直前に、大きな派閥争いが起こったみたいで… その時は姉さんのおかげで、私の方には害はなかったのよ。でも、後から聞いた話なんだけれど、東条のお祖父様がちゃんとこっちの対策をしてくれていたらしいわ。美世さんのご実家の援助も、影でしていたようだし。
… だから、悪く思わないでね」
主は、桃華ちゃん一家と生まれた時から一緒に暮らしている理由が、何となく分かった気がしました。修二さんが、家族を心配する気持ちも。
「お祖父様と初めて会った日… お祖父様、弟達に
『自分の我儘で、会いたい人に会えない。『家』ばっかり見ていて、周りの人達を見なかった。一番大切で、一番守らなきゃいけない人達も、見てなかった。何十年も会っていなくて、今更、どんな顔で会えばいいのかわからない』
って、そんな感じのお話をしたらしいです。あの子達の頭の中で良いように変換されているかもしれないんですけれど。でも、それを聞いて桃ちゃんと思ったんです。お祖父様、お父さんや勇一伯父さんに会いたいんだな… っ思って。
あ、もちろん、お父さんや勇一伯父さんが嫌がるかも… とも思ったんですけど、初めてあった日の別れ際に、お祖父様がお祖母様のお墓参りに誘ってくれたんです。お父さん、「そのうちにな」って… 「行かない」でもなく「ヤダ」でもなく、「そのうちにな」って言ったんです。それに、弟達が「勇一伯父さんの珈琲が美味しいから飲みに来て」って言ったら、勇一伯父さん、一瞬、ほんの少しだけだけど… 笑っていました。だから、桃ちゃんと相談して、梅吉兄さんに連絡を取ってくれるようにお願いしたんです。
「
私たちや東条の方々を呼んでくれて、ありがとう。大正解だと、思わない?」
和美さんに促されて、主は後ろを向きました。東条の人達も、美世さんの兄弟達も、今日のスタッフを引き受けてくれた皆も、和桜ちゃんも… 皆、2組の新郎新婦を中心に混ざり合って談笑しています。年齢も肩書も家も… 何も関係なく、とても楽しそうです。
「バラバラになってしまったモノを、姉さんや美世さんが今まで一生懸命守って、桜雨ちゃんと桃華ちゃんが新しく繋げてくれたのよ。私は、姉さんの幸せそうな姿を見れて、本当に嬉しいわ。ありがとう」
和美さんは涙を滲ませながら、主をぎゅっと抱きしめました。主は、その言葉と温もりが嬉しくて、返す言葉もない程に嬉しくて、和美さんを抱き返しました。
「
そこに、
「ママ、お姉ちゃん、お腹痛くなっちゃった?」
和桜ちゃんも、心配そうです。
「和桜、大丈夫よ。桜雨ちゃんに、今日はご招待してくれてありがとうございます。って、お礼を言っていたの」
「和桜ちゃん、お腹いっぱいになった?」
主が目元を拭いながら和桜ちゃんに手を伸ばすと、和桜ちゃんは嬉しそうに主の前に立ちました。
「うん! どれもこれも美味しくて、食べすぎちゃった」
「あら、それじゃぁ、お腹が痛いのは和桜の方じゃないの?」
無邪気に笑う和桜ちゃんに、和美さんは少し呆れた声で言いました。
「お腹痛くしたのは、
見ると、夏虎君は勇大さんとお話し中です。
「ママは珈琲、ミルクとお砂糖タップリよね? 桜雨お姉ちゃんは?」
急に珈琲の好みを聞かれて、主は少し戸惑いました。
「豆にもよるかな?」
「今日はペルーの『ティアラ』だそうだ」
三鷹さんが教えてくれると、主はカウンターを見ました。カウンター前では、スタッフ姿の皆が談笑しています。その向こう側、カウンター内で、主役の1人のはずの勇一さんが、ベスト姿で珈琲を煎れ始めています。いつもの、見慣れた光景でした。
「なら、ブラックで」
そんな光景がなぜか嬉しくて、主はニコッと微笑んで答えます。すると、和桜ちゃんは元気のいいお返事を残して、カウンターへと小走りに行ってしまいました。
「可愛いウエイトレスさん」
「粗相しなければいいんだけれど」
微笑ましく見守る主とは反対に、和美さんは慌てて後を追いました。和桜ちゃんは、カウンター前の大森さん達の輪に入って、楽しくお話ししています。追いついた和美さんは、少し離れたカウンターの隅で、そんな和桜ちゃんを見守っていました。
主は三鷹さんに、空いた隣の椅子を進めます。三鷹さんが隣に座ると、主は恥ずかしそうに三鷹さんの指先にチョンと触れました。パッと、反射的に三鷹さんは主の手を握ります。顔を見合わせるでもなく、会話をするでもなく、ただ手を握ったまま、主と三鷹さんは幸せに満ちた店内の人達を見つめていました。お互いの手の温もりを感じられる事、それだけで今は満足でした。
少しすると、珈琲の香りが店内に充満して、可愛いウエイトレスさんが珈琲を配り始めました。