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第187話 『ありがとう』を形にして・一日スタッフ頑張ります1

■その187 『ありがとう』を形にして・一日スタッフ頑張ります1■


 喫茶『エアル』のドアには、『本日貸し切り』の看板が下がっています。

木目調で整えられている店内は、よそ行きにお洒落したお客様で賑わっています。BGMはいつも通り、店主の勇一さんが選ぶクラシックレコード。シルバーのトレイを持って、店内を所狭しと動いているのは、三鷹みたかさんと笠原先生、主のクラスメイトの松橋さん、田中さん、大森さん、佐伯さえき君、と理容師の岩江さんです。カウンターの中でドリンクや食事の用意をしているのは呑み屋の竹ちゃんさん。工藤さんと近藤先輩はそのお手伝いです。皆、白いシャツにクルミ色のチェックのベストとパンツでお揃いです。


 今日は、主と桃華ちゃんの両親の結婚式。母の日と父の日のプレゼントに、サプライズウエディングを計画しました。司会は、スーツ姿の梅吉さんが、そつなくこなしています。とは言っても、ゲストは数十年ぶりに集まった親族です。話に花が咲いているので、特に司会者としての出番はありません。司会者としてよりも、勇一さんの息子としてあちらこちらの席で、会話に参加しています。主も、桃華ももかちゃんも、双子君達もです。そして小暮先生、今日は親族としての参加です。それは、数日前に『初めまして』と挨拶した親戚や、今日初めて会った親戚と、いままで会えなかった時間を埋めるかのようでした。なので、ウエディングドレスの美和さんには高橋さんが、美世さんには坂本さんが付いています。

 そんな光景を見ながら、田中さん達も休憩です。カウンターで店内の様子を見ながら、ご飯を食べています。


「いつも思うけれど、あの二人の行動力って、凄いわよね」


 好物のスパゲティカルボナーラを食べながら、大森さんが言います。


「反対勢力がないからでしょう。反対するどころか、進んでお手伝いする人たちだから」


 パエリアを食べながら、田中さんの視線は主と桃華ちゃんにくっついて、親戚の輪に入っている三鷹さんと笠原先生に向いています。


「い、岩江さん、『エステ』券って、た高いんですか?」


 松橋さんは、感動で胸がいっぱいでお腹が空いていないと言うので、デザートのゼリーを食べています。カウンターの下で、隠れてビールを呑んでいた岩江さんが、ひょこっと立ち上がりました。


「『エステ券』は、桜雨おうめちゃんのお手製だから、うちの店では用意してないよ。

 今回は約一か月、定休日の毎週木曜日に来てもらって、ヘッド、フェイス、デコルテ、ハンド、リンパのハンドマッサージ。もちろん、パック付き。マッサージ後に出すローズヒップティーは、ビタミンCが豊富でホルモンのバランスを整えてくれるらしいよ。これは店長のサービス。

 まぁ… 1回が3千円ぐらい」


「やっすい!」


 大森さんが、思わず食いつきました。


「ハンドマッサージだから。機械、使ってねーからね。でも、今回の出来が店長の満足いくもんになったら… メニュー化してもう少し金額あげんじゃねーの?」


「そうですよね。今日、日曜日だから、理容師さん普通だったらお仕事休めませんもんね」


 田中さんの言葉に、岩江さんが大きく頷きます。


「うちの店、基本予約制だから何とかなるけどな。まぁ、店長に俺に高橋の3人が抜けるのは痛手は痛手。残りのスタッフで回せることは回せるけどさ、一人前にはまだまだだからな。ま、今日はオーナーが頑張ってんじゃねぇの? それに、オーナーも事業拡大でブライダル系を狙ってるみたいでさ、今日のはデーター収集込みなわけ」


「「「なるほど…」」」


 大森さん達は、納得しました。


「高橋も、工藤さんと仕事が出来んのが、嬉しいみたいだったしな」


 2杯目のビールを呑みながら、岩江さんはニヤニヤと高橋さんを指さしました。高橋さん、坂本さんと何やら話をしながらメモを取っています。


「仕事中は、真面目なのが面白くねぇんだよな」


 確かに、恋人の工藤さんをチラチラ見るどころか、仕事に集中しています。


「彼女、サービス業が好きなんですよ」


 カウンターの端で、竹ちゃんさんが作った料理を綺麗に盛り付けている工藤さんが、得意気に言います。


「サービス業かぁ…」


 意味ありげに呟きながら、大森さんは視線を泳がせました。カウンター奥のレコード横に置かれた、2つのブーケが目に止まりました。


「そう言えば佐伯っチ、あのブーケ作ったんだって?」


「あん?」


 早朝から働いている佐伯君は、パエリアを一心不乱に食べていました。


「ブーケですって」


 隣の田中さんに言われて、佐伯君はジンジャーエールで口の中をサッパリさせました。


「ああ、絵の搬入終わった後、双子と一緒にな。バイト中、修二さんが花束の作り方、教えてくれるんだよ。美和さん、ああ見えて不器用だからさ。っても、ブーケなんて初めてだから、イマイチピシっとはいかなかったけどな」


 照れたように笑う佐伯君に、田中さんは好印象でした。


「あ、青いお花をつ、使ったのは、サムシングブルーですか?」


「東条からの指定。どの花使ってもいいけど、青い花は必ず入れろって。

あとは、双子のチョイス。

 俺、サムシング… って、分かんねーもん」


 松橋さんの質問に、佐伯君は桃華ちゃんを指さしました。桃華ちゃん、笠原先生と一緒にお祖父さんとお話し中です。


「あのアベ・マリア、さすがとしか言いようがなかったわね」


「GW中、練習してたって聞いてたけど、短時間であそこまで仕上げるなんて、さすがとしか言いようがないな」


 田中さんがため息混じりに言うと、カウンターの中でスパゲティを食べていた近藤先輩が同意しました。


「GW中、東条は歌の練習で、白川はあの絵を描いてたんだろう?」


「そうそう。サムシングブルーに、描いたんでしょ」



近藤先輩が聞くと、大森さんが答えました


「その、サムシングなんちゃらって、何?」


「サムシングフォーってね、欧米の結婚式でやるジンクスよ。4つの物を結婚式で身に着けると、一生幸せな結婚生活を過ごすことが出来るんですって」


 今度は、佐伯君が聞きます。大森さんは答えながら、何かを探して…


「『サムシングニュー』が、何か新しい物を身に着ける事。なんだけど…」


 お店には、これと言った物が見当たらないようです。


「身に着けるんだから、店内じゃないでしょう。口紅をプレゼントしたって、聞いたわよ」


 キョロキョロする大森さんに、田中さんが突っ込みました。


「そっか。じゃぁ、『サムシングオールド』は? 何か古い物」


「サムシングオールドは、花嫁さんのお母さんやお祖母ちゃんが使っていた物が多いいようね。でも、お2人のお母様やお祖母様は、だいぶ前に亡くなっていて形見という物もなかったみたい。

 その話を聞いた東条の伯母様が、美和さんには修二さんのお母さんの形見の飾りくし、美世さんには勇一さんのお母さんの形見のかんざしをプレゼントしてくれたそうよ」


 田中さんが話していると、ネクタイを緩めながら来た梅吉さんが、田中さんと松橋さんの間のカウンターに、両肘をついて項垂れました。




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