■その185 『ありがとう』を形にして・サプライズの準備は念入りに■
ドアを開けて飛び込んできたのは 『
どこまでも透明で深さの計れない海と、白い空気の泡…
美和さんは、自分が白い小さな魚になって海を泳いでいると思いました。
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GWの真ん中から、主は学校の美術室に籠りました。朝から夜まで、一日を美術室で過ごしています。体操着姿で。
他の部員が居ても居なくても、主の集中力は一日中です。一日、ご飯どころか水も飲まないで、トイレも行かないで、大きなキャンパスに全身全霊をかけて描きます。誰が声をかけても、生返事の1つもありません。
「スイッチ入った時の白川先輩って、別人だよね」
「死んじゃった画家が憑依してるんじゃないかって、思うときあるよね」
美術部の後輩さん達にそう言われるぐらい、主は集中します。描いて描いて、削って描いて… そして、電池が切れたようにパタリと倒れて寝てしまいます。それを抱えて車で帰るのが、
そんな生活も、GWが終わると終了です。そして、主の絵も出来上がりました。
主が美術室で夢中になっている間、
梅吉さんは、人の少ない職員室でお仕事です。GW中は活動している部活も少ないので、出勤している先生達も少ないんです。だから、ワンコの秋君も一緒に通勤です。他の先生達も慣れてしまって、手が空いている時は秋君と遊んでくれます。そんな職員室の中で、梅吉さんはノートパソコンとスマートフォンのLINEで大忙しでした。もちろん、定期的に美術室と音楽室の見回りは欠かしません。
中心になって家を回していた主達が忙しくなって、美世さんも美和さんも連休で忙しくて掃除と洗濯は必要最低限、お買い物は双子君達、そして家族のお腹を満たすお料理を作ってくれたのは、桃華ちゃんのお父さんの勇一さんでした。勇一さん、喫茶店の軽食以外も作れるんです。独身の頃から少しずつ少しずつ、美世さんにお料理を習っていたので。
そんなGWが終わってすぐの日曜日は『母の日』です。
桃華ちゃんと梅吉さんと笠原先生は、喫茶店のお手伝い。母の日ギフトを出しているので、そちらをメインにお手伝いです。
主と三鷹さんと佐伯君は、お花屋さんのお手伝い。佐伯君は、いつも通り修二さんとの配達がメインです。
双子君達は、クラブサッカーの練習から帰ると、お家のお掃除を担当。
そんな子ども達から、今年のプレゼントは『エステ券』です。使えるお店は、坂本さんが店長をしている理容店。担当技術者は、お店で紅一点の高橋さん。
美世さんと美和さんは、プレゼントに添えてあったお手紙通り、約一か月、定休日の毎週木曜日に通いました。ヘッド、フェイス、デコルテ、ハンド、リンパとじっくりゆっくりマッサージ。もちろん、パック付きです。最後はサービスのローズヒップティーを飲みながら、女子会です。
ローズヒップティーは、ビタミンCが豊富で、ホルモンのバランスを整えてくれます。
日々の食事も、GWが終わって主も桃華ちゃんもいつも通りの生活に戻ったので、栄養満点のご飯です。修二さんや勇一さんは、美世さんと美和さんのお仕事の負担をなるべく減らして、2人の睡眠時間を増やしていました。
そんな一か月を過ごした美和さんと美世さん、お肌も髪もツルツルピッカピカです。
母の日の一か月後… そう、6月の第3日曜日は父の日です。お店の事もあるので当日は休めないからと、1週間前倒しで『父の日のお祝い』を決行です。
「美和ちゃん、行こうか」
グレイのタキシードを着た修二さんが開けた白いドアの向こうには、純白のウエディングドレス姿の美和さんが、窓際の椅子に座っていました。
上品なハイネックレースのロングスリーブブラウスに、優雅に広がるサタン素材のスカート。ちょこんとスカートに添えられた手は、総レースの手袋。窓から差し込む木漏れ日で、編み込まれた柔らかな髪が、金色に輝いています。
「修二さん…」
美和さんの想像以上の美しさに、息をすることを忘れた修二さんは、ドアを開けた姿勢のまま固まってしまいました。そんな修二さんに、美和さんは困ったように微笑みます。
「修二さん、これは…」
美和さん、何も聞いてなかったんです。朝の5時に起こされて、主の作った朝食を食べ終わると、直ぐに車に乗せられました。美世さんと勇一さんと一緒にです。そして建物についてすぐ、頭の中が『?』のまま、4人は別々のお部屋へ。
美和さんが案内されたお部屋は、いっぱいのウエディングドレス。そこから1枚選ぶと、スタッフの人達に着替え、お化粧、ヘアメイク、マニキュアと、1時間で準備万端になりました。
「ごめん、美和ちゃん。すっごく可愛くて綺麗で、綺麗すぎて意識が飛んじゃったよ」
修二さんは柄にもなくドキドキと跳ねる心臓を押さえながら、美和さんの前に立ちました。
「今年の父の日のプレゼント、『ウエディングフォト』なんだって。俺、すっごく嬉しい。どうしよう、泣けてきた」
言葉通り涙を我慢している修二さんの顔は、いつにも増して眉間や鼻の頭の皺が深くなって凶悪です。
「泣くのは、花嫁さんじゃないの?」
美和さんは、子どもをあやす様に修二さんのほっぺたに触れました。
「うん… うん。あ、そうだ…」
小さく頷きながら、修二さんはズボンのポケットに入れておいた物を思い出しました。
「これ、
取り出したのは、真新しい口紅。それは、ローズピンクの愛らしい色。修二さんは自分の手で、美和さんの小さくてふっくらとした唇にその色を乗せて、ティッシュの代わりに、自分の唇で軽く乗せたばかりのローズピンクを押さえました。
「さぁ、行こうか」
薄っすらと唇に移った口紅をペロっと舐めると、修二さんは悪戯っこのように笑って、美和さんに手を伸ばしました。