■その183 『ありがとう』を形にして・膨らむ母たちへの思い■
GW、桃華ちゃんの両親が切り盛りしている喫茶店は、いつも通りゆったりとした時間が流れています。数人の常連さん達が、新聞や雑誌を読んでいたり、店内に流れるレコードを目を瞑って聞いていたりと、それぞれにリラックスしています。そんな喫茶店の窓際の6人席に、主達は何冊もの雑誌を広げていました。
「形から入るタイプってわけじゃないけれど、受験生らしく身の回りはスッキリさせておきたいと思ったのよ」
そう言いながら、桃華ちゃんはお母さん・美世さんお手製のチーズケーキを一口頬張りました。主は、そんな桃華ちゃんの横で、温かいミルクティーを飲みながら、雑誌を眺めています。
「れ、連休初日は、家じゅうの大掃除で、い1日が終わっちゃったんですか?」
松橋さん、他のお客さんの迷惑にならないように、声は抑え気味です。美世さんお手製のサンドウィッチセットと、飲み物はホットココア。松橋さんの隣では、近藤先輩が牛丼を食べています。これ、美世さんが奥(家)から出してくれたもので、白川家と東条家のお昼です。
「大掃除というより、断捨離ね。勉強に邪魔になりそうなものは、捨てたり仕舞い込んだりしたわ。母の日のプレゼントのヒント、何かないかな~って探しながら」
「何か、良いの、ありました?」
「ヒントはなかったけれど、アルバム見ちゃって、
大掃除のあるあるですね。
「写真、大量にありそうだな」
その通りです、近藤先輩。修二さんと梅吉さんが事あるごとに写真を撮っていましたから。
「最近はスマホに保存だから、プリントアウトしたものは余りないけれど… やっぱり、一番多かったのは赤ちゃんの頃かな?」
「お母さん達、あまり変わりがなかったよね。シミとかシワとか、無縁なのかな?」
主は見ていた雑誌を、三人に見えるようにテーブルの上に置きました。そこには、母の日の特集記事が載っています。
「これ、いいなぁ~って思ったの」
主が指さしたのは、個室のサロンで使えるエステチケットの記事でした。
「あれ? 2人、足りないんじゃない?」
そこに、仕事を一段落させた梅吉さん達が来ました。3人とも、少し眠そうです。
「田中さんは塾。大森さんはアルバイト」
言いながら、当然のように主と桃華ちゃんは席を立ちました。奥から
「ああ、例のプレゼントですね」
笠原先生は、主が開いている雑誌を見ました。
「例の? … ああ、これね。なに? 今年はウエディングフォトをプレゼントするの?」
つられて、梅吉さんも雑誌を見ました。
「ウエディングフォト?」
梅吉さん、見た所が少しずれていたみたいです。主達がエステチケットの記事から視線を外して、見開きページを探してみると… それは、ページの隅っこに載っていました。
「『ドレスを着ていないお母様へ、ウエディングフォトのプレゼント』… って、母さん達、白無垢?」
「いや、結婚式してないってさ。お祖父さんにあった日、母さんと美和さんがそんな話をしてたよ」
梅吉さんの言葉に、主と桃華ちゃんは顔と声を合わせました。
「「それ!!」」
■
「母の日プレゼントを、サプライズ結婚式にしたいんです!」
主と桃華ちゃんの想いは、ウェディングフォトから、結婚式まで膨らんだようです。
アドバイスが欲しいです!って、仕事上がりの坂本さんをお店の裏口で出待ちして、お夕飯に誘いました。もちろん、梅吉さん達先生組は保護者として同行しています。けれど、家では計画がバレちゃうかもしれないからと、ファミレスに行こうとしたんですけれど、さすがは連休。ファミレス等はどこも混み混みで、みかねた高橋さんが、お家に誘ってくれました。… 結局、主のお家のお向かい。
高橋さん家は大きな人が5人も入って、リビングのローテーブル周りはぎゅうぎゅうです。LINE連絡はしましたが、急に押し掛けたのに、高橋さんの恋人の工藤さんは、ニコニコしながら甲斐甲斐しく夕飯の支度をしてくれていました。今日のメンバーの中で身長も肉厚も一番大きな人なのに、いそいそとキッチンで動く姿は小回りの利くクマさんです。高橋さんは、グラスや小皿をテーブルに運んでいます。主と桃華ちゃんは、並んで座って、大きく息を吸いました。そして、始まる主と桃華ちゃんのプレゼン…
「ドレスはレンタルして外での撮影okみたいだから、ブーケや教会に飾るお花は、お父さんに仕入れてもらって…」
「そんなに大量のお花、修二叔父さんが素直に仕入れるわけないわ」
主がアイデアを上げて、桃華ちゃんが問題点を突っ込むスタイルのようですね。
「ヘアメイクとメイクは、坂本さんにお願いして…」
「じゃあ、坂本さんのお休みの日にしなきゃ。親の定休日と合わないわよ」
「リングボーイは
「どうやって指輪を借りるの? … って感じで、課題しか無いことに気がつきました」
テンポが、ちょっとした漫才でした。見ていた梅吉さん達は、桃華ちゃんが突っ込む度に、頷いていました。
「それで、もう少し考えて… 教会じゃなくて、喫茶店で人前式はどうかな? って。」
「うちのお店だったら、高橋さんに主張してもらえないかなぁ… って、甘えたこと、考えてます」
「あと、他に問題点があれば、言って欲しいです」
そうプレゼンを締めくくった主と桃華ちゃんは、自信なさげに
「問題点は、まだまだあるわ。けれど… 私は、感動したわ!!」
「「さ、坂本さん?!」」
坂本さん、おもむろに立ち上がると、主と桃華ちゃんに抱き着きました。ビックリしたのは主と桃華ちゃんで、慌てたのは両端の三鷹さんと笠原先生です。抱き着いた相手が相手なので、手を上げることも出来ません。とりあえず、引き剥がしました。
「素敵なプレゼントだと思うわ。でもね、もう少しレディの気持ちを想像しなきゃね。いいわ、この私が、全面的に協力してあげる!! 高橋! 手伝うのよ!!」
仁王立ちして、目をキラキラさせて… 鼻息も荒く、1人盛り上がってしまった坂本さんは、どこを見ているんでしょうか? 未来でしょうか?
「へいへい」
そんな坂本さんの横で、高橋さんは気の抜けた返事をしながらご飯の支度を進めていました。