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第178話 ルーツ4

■ その178 ルーツ4■


 お高いジュースは美味しいけれど、なんでこんなに少ないんだろう?


 そう思いながら、夏虎かこ君は柔らかいチョコレート色の皮のソファに座って、2杯目のジュースのストローに口を付けました。1杯目はオレンジで、2杯目はクランベリーです。


「固形物が食べたいな。ジュースだけだと、すぐおトイレに行きたくなっちゃうよ」


 夏虎君の双子のお兄ちゃんの冬龍とうりゅう君も、2杯目のジュースです。同じ顔が横並びで、同じジュースを飲んでいます。近しい人達は、2人を一緒に呼ぶとき『龍虎りゅうこ』って呼びます。


 ホテルのカフェは、2人とも初体験。観葉植物の花壇が壁の代わりになっていて、少し先のロビーの様子が葉と葉の間からチラチラ見えます。美世さんの赤いワンピースが目印のように見えているので、冬龍君は安心していました。

 主達は日本庭園を見に、お母さん達は今日会うはずの人を探しているようです。夏虎君と冬龍君は、秋君と一緒にここで待機です。時間つぶしのアイテムに携帯ゲームを持っているんですけれど、2人は初めての場所を観察するのに忙しいみたいです。

 場所に相応しく、2人とも今日はおめかしです。紺色のスーツ、白いシャツ、ネクタイは水色の水玉模様。髪は佐伯君がワックスでいじってくれました。


「佐伯君も、来ればよかったのに」


「そうだよね。お花屋さんと喫茶店のお留守番、しなくてもいいじゃんね」


 夏虎君の言葉に、冬龍くんが同意します。2人の間で、ワンコの秋君は、丸まってお昼寝です。


 コツンコツンという音が、少しずつ近づいて来ました。


「僕たち、ここ、いいかい?」


 優しい初老の男性の声でした。冬龍君は、隣で寝ている秋君をチラッと見ましたが、なんの反応もなく寝ています。


「どうぞ」


 秋君が警戒していないのを確認して冬龍君が頷くと、夏虎君はストローを咥えたまま頷きました。そんな夏虎君の横っ腹を、冬龍君は『行事悪いよ』と囁きながら肘で突っつきます。


「私が後から来たんだ、構わないさ。では、お邪魔させてもらうよ」


 そう言って双子君の前に、その人は座りました。白髪と黒髪がバランスよく混ざりあって、グレーに見えるオールバック。細い眉と、キュッと結ばれた口元は、神経質そうなイメージ。切れ長の黒い目と、右目には片眼鏡モノクル。背筋がスッと伸びたダークブラウンのスーツ姿は、まさしく本に出て来る『紳士』で、勇一伯父さんにそっくり! って思いました。


「お待たせしました」


 紳士が座ったタイミングで、お店の人が珈琲とプチケーキの盛り合わせを持って来ました。


「アレルギーが無ければ、いいんだが…。相席のお礼に、どうぞ」


 表情は硬いですけれど、声は優しいです。夏虎君はプチケーキの盛り合わせに、目をキラキラ、口をあんぐり…


「行儀悪いってば…」


「でもぉ…」


 固形物が食べたいって言っていたのは、冬龍君なんですけれどね。


「遠慮せずに、おあがり」


「でも、知らない人から貰っちゃいけないって言われてるから」


 さぁ、と紳士が手で促しても、冬龍君はゴックンと生唾を飲み込んで言いました。横では、夏虎君が眉と下がり気味の目尻をさらに下げて、プチケーキと冬龍君を見比べています。


「… そうか。確かに、それは大切な事だな」


 紳士は顎を右手でさすりながら、方眼鏡の上の眉をピクピクさせて少し唸りました。


「… では、こうしよう。

 私の名前は、勇大ゆうだいと言います。これから、大切な人達と会わなければいけないんだが、ちょっと事情があって会いにくい。どうしたらいいか、相談に乗ってくれるかな? ケーキは、そのお礼だ」


 夏虎君はパッと顔を輝かせて、自己紹介しました。


「ぼく、白川夏虎かこ。これで、知らない人じゃないよね?」


 得意気に笑いながら、夏虎君は隣の冬龍君を見ました。


「白川冬龍とうりゅうです」


 冬龍君は呆れた顔で、小さなため息をつきました。


「お近づきの印に、お1つどうぞ」


「「いただきます」」


 本当は、冬龍君も食べたかったんですよね。2人はニコニコしながら、イチゴの乗った小さなケーキを二口で食べました。ジュースとはまた違った甘さに、下がり気味の目尻がさらに下がります。そんな2人を、紳士は優しいまなざしで見つめていました。


「で、勇大さん、何で会いにくいの?」


「喧嘩しちゃった?」


 2人は手に付いたクリームを、ペロペロ舐めながら聞きます。


「喧嘩じゃないな。私が… 私の我儘だ。『家』というものに縛り付けられ、周りの者たちのことを顧みなかった。一番大切で、一番守らなければいけなかったはずの者達でさえも… 私が悪いんだよ。もう、何十年も会っていなくてね。今更、どんな顔で会えばいいのか…」


 紳士は、手にした珈琲に視線を落としました。その瞳は、カップに入っている珈琲より暗くなりました。


「ごめんなさい、しちゃえば?」


 夏虎君が、ケロっと言います。


「『自分が悪い事をしたら、ちゃんと謝りなさい。生きていれば、遠くに引っ越しちゃっても、手紙やLINEで連絡が取れます。でも、死んじゃったら、どんなに『ごめんなさい』って言っても、伝わらないんです。だから、自分が悪い事をしたと気が付いたら、反省してすぐに謝りなさい』って、お母さんと美世さんが」


 冬龍君は、ジッと紳士を見つめて言います。


「『そもそも、人の心と体は傷つけてはいけません。それは、お友達だけじゃなくって、自分の心と体もよ』って、続けて言われる」


 人差し指を天井に向けて、ちょっとだけ顎を上げて言うその恰好は、簡単に美世さんを連想できました。そんな夏虎君を見て、紳士は『何回も言われているんだろう』と、心の中で苦笑いです。


「そうか、『ごめんなさい』だね」


「「そうそう」」


 紳士は少しだけ笑って、席を立ちました。


「きちんと謝るよ。ありがとう」


 紳士は2人に頭を下げて、行ってしまいました。


「… 残ったケーキ、食べていいのかな?」


 夏虎君が聞きます。2人は残ったプチケーキを、ジッと見つめています。


「相談のお礼にどうぞ、って言ってたから、いいんじゃない?」


 冬龍君の言葉に、2人は顔を見合わせてニコッと笑と、残りのプチケーキを美味しく頂いて、3杯目のジュースを少し苦めのグレープフルーツジュースにしました。






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