■その172 凸凹マッシュコンビ、念願の怪奇現象に恐怖■
「… ねぇ桃ちゃん、スマホ、繋がる?」
主は廊下を見つめたまま聞きます。いつもと変わらない、普通の廊下です。
「あら、ダメだわ。電波どころか、いつの間にか電源が落ちてて、入らないわよ」
「私も、ダメです」
「俺も、ダメです」
百田さんと瀬田君も、スマートフォンをチェックしました。三人のスマートフォンは、桃華ちゃんの言う通り、電源が落ちたままです。
「先輩、何か感じるんですか?! 見えるんですか?!」
真っすぐ廊下を見たままの主に、百田さんは興奮して聞きました。
「何も見えないよ。ただ、さっき、空がいつもと違うな~って感じたの。どこが? って聞かれたら困っちゃうんだけど… 何となく」
「廊下もそんな感じ?」
警戒している風でもなく、主の口調はいつも通りです。桃華ちゃんも、いつもと変わらない口調で聞きます。
「うん、そんな感じ」
「わん」
主が答えると、肩の上の秋君が可愛くひと鳴きしました。
「「そっか!」」
主と桃華ちゃんは、秋君を見て何かを納得したようです。主はゴソゴソと鞄の中に僕、黒い折り畳みの傘があるのを確認して、後ろの二人を振り返りました。
「さ、帰ろう」
「だ… 大丈夫なんですか?」
ニコっと笑った主に、瀬田君がビクビクしながら聞きました。
「オカルト研究部のくせに、怖がり過ぎじゃない?
ねっ! って、桃華ちゃんが小さな秋君に同意を求めると、秋君は嬉しそうにひと鳴きしました。
「瀬田君、滅多に出来ない体験よ!! さぁ、行きましょう、先輩!!」
怖がる瀬田君とは正反対に、百田さんは目をキラキラさせて、ほっぺを真っ赤にして、まさしく興奮状態です。そんな百田さんに促されて、主達は廊下に出ました。
いつもと、何ら変わらない廊下です。外がすっかり暗くなったので、蛍光灯の明かりが廊下を照らしてくれています。何か起こるかも! と、ワクワクしていた百田さんは、肩透かしを食らって、昇降口に近づけば近づく程、意気消沈していきました。
「大丈夫。って、言ったじゃない」
そんな百田さんを見て、桃華ちゃんは苦笑いです。瀬田君は、側から見ても分かる位、ホッとしています。
「わんわん! わんわん!」
階段を下りきった時、小さな秋君が主の肩で立ち上がって激しく吠え始めました。2歩進んで曲がれば、職員室前の廊下に出ます。その廊下は、もう見えています。けれど、誰も進もうとしません。
「先輩、行きましょう!」
ふん! と、鼻息を荒くして、百田さんが足を出そうとしました。その襟元を、桃華ちゃんがグッと掴みます。
「ぐえっ!」
百田さんの口から思わず飛び出した声は、カエルが車にひかれた時を思わせました。
「ああ、ごめんなさい。でも、そんな勢い勇んで飛び出しちゃダメよ。秋君が吠え終わるのを、待った方がいいわ」
言われて、百田さんは主の肩の上で吠えている秋君を見ました。確かに、牙を剥き出しにして鼻の頭に皺を寄せて、威嚇しています。紙のワンコなのに。
「… はい」
少しだけ待っていると、秋君はピタ! っと吠えるのを止めました。けれど、牙は剥き出しで鼻の頭の皺も寄せたままです。桃華ちゃんが、長い人差し指を立てて、口元に当てました。主は百田さんの、瀬田君は自分の口元を押さえました。
足音も、話声もありません。ただ、幾つもの気配が、職員室前の廊下を通っていきます。熱気のように、ユラユラと景色が歪んで、たまにキラキラと輝いたり、黒い煙が瞬間たったりしました。
「あっ…」
不意に、瀬田君が声を漏らしました。すると、その気配がピタッと止まって… 慌てて、もう一度自分の口を両手で塞ぐ瀬田君。けれど時既に遅く、幾つもの目が、色々な形をした目が、主達を見ました。赤や緑や金色… アーモンド形、まんまる型、ほっそい線のような形… 1つの白目の中に3つの赤目… 色も形も大きさも、一つも同じものがありません。共通するのは、それぞれの目に滲み出た殺意… 沢山の
「ケロっ」
「ケロっ」
動いたのは、主の鞄でした。秋君と同じ、カラフルで小さな小さなカエルが2匹、主の鞄から飛び出しました。そのカエルはケロケロ可愛く鳴きながら、殺意の目達に向かってピョンピョンと跳ね出しました。
目達は主達から視線をずらして、2匹のカエルをジッと見ています。2匹のカエルは、激しい雨のように降り注がれる殺意をものともしないで、ケロケロ楽しそうに進んで… 職員室とは逆の、目達の先頭へと跳ねていきました。目達の視線は、2匹のカエルを追いかけます。2匹のカエルの姿が見えなくなると、目も消えました。そして、さっきのように気配が動き出しました。
主達はジッと、ジッと待っていました。秋君からのOKサインを。
「わん」
OKサインは、ご機嫌なひと鳴きでした。待っていた時間は、ほんのちょっと。けれど、主達はとっても長く感じたようです。
「ご… ごめんなさい」
瀬田君は呟きながら膝から崩れました。床に両膝と手をついた瀬田君の隣に、百田さんが座り込んじゃいました。
「
そんな二人が、
「は、放れちゃ、ダメって…」
疲れ切った声を出しながら、百田さんは四つん這いのまま主と桃華ちゃんの後を追いました。瀬田君も、四つん這いで百田さんに続きます。
「… 先輩」
2人が廊下を左に曲がって顔を上げると、少し先で座り込んで泣いている主が見えました。小さな顔の少し下に、何かをすくったように両手を持ち上げて… そこに、ポロポロと涙が落ちていきます。桃華ちゃんは、そんな主の肩を、そっと抱きしめていました。
「あの…」
四つん這いのまま、百田さんが控えめに声をかけて、主の手元を覗き込みます。そこには、ビリビリに引き千切られた黒い紙がありました。
「これは…」
追いついた瀬田君が、控えめに聞きました。
「桜雨が… さっきの部活で描いたスクラッチ」
「きっと、私達の代わりになってくれたんだよ」
「ご、ごめんなさい…」
主の涙と言葉を聞いて、瀬田君は泣きそうな声で謝りました。
「違うよ。『ありがとう』って、言ってね。私からも… 護ってくれて、ありがとう」
そんな瀬田君に、目と目元を真っ赤にした主が微笑みかけました。そして、自分の手元に視線を戻して、涙声でお礼を言いました。
「ありがとう」
「「ありがとう」」
桃華ちゃんが優しく言うと、百田さんと瀬田君もそれに続きました。