■その170 凸凹マッシュコンビは諦めません!■
「そもそも、しつこい勧誘はダメですよ!って、顧問から言われてるでしょ? 今回は見逃がすけれど、次見つけたら、顧問に報告するからね」
そう、梅吉さんにしてみたら、きつく言ったはずでした。オカルト研究部2年の
もう少しで太陽が夕日になる頃、部活を終えた生徒達が少しづつ下校を始める時間です。僕の主の
「今日、皆さんが行う『スクラッチ』は、ひっかいたり、削ったりするという意味があり、表現する手法の事です。最近では、保育園などでも取り入れられていて、スクラッチ技法ならではの、綺麗な表現を楽しんだり、また、ひっかくのに使う素材を様々なものに変えて表現の違いを楽しんだりしているそうです。また、幼児用の知育玩具、大人のためのリラクゼーションアイテムとして、引っかくだけで絵が描ける状態になっているノートも販売されているぐらい、身近な手法です。
今日は、リラックスタイムにしたいと思います。好きな絵を、『スクラッチ』してください」
部活が始まった時に、顧問の先生がそう言っていました。配られたのは、葉書サイズの真っ白な画用紙でした。その画用紙を、それぞれ好きな色のクレパスで塗りつぶしました。一色じゃなくて、何色も使ってランダムに塗りつぶします。次に、黒のクレパスで上から塗りつぶします。何度も何度も塗りこんで、真っ白だった画用紙は真っ黒になりました。そして、竹串や割りばしで『スクラッチ』開始です。
主は、真っ黒な表面を、竹串を使って2匹の『カエル』を削り出しました。大きな傘で、相合傘をしている2匹のカエルです。細い線が、赤や黄色やオレンジ… と、色々な色に変わって、カラフルなカエルと傘が出来上がりました。周りに降る雨もカラフルで、雨の日なのに楽しそうです。主も嬉しそうにニコニコしながら、隅に紫陽花を削り出してます。
そんな主を、美術室の後ろのドアから盗み見していたのが百田さんと瀬田君でした。ドアは開いているので、しゃがんで、出来るだけ体を小さくしています。
「やっぱり、無理強いはまずいんじゃないか? 東条先生に見つかったら…」
「何言ってるのよ、今年、新入部員が入らなかったら、同好会に格下げになっちゃうんだからね! 白川先輩が入部してくれれば、すぐさま実績も出来るし、白川先輩目当てで入部してくる生徒だって出て来るでしょう!」
あくまでも、見つからない様にコソコソです。
「実績って言ったって…」
「来週には、新入生レクリエーションがあって、部活紹介があるのよ! そこで、先輩が学校の七不思議… 七つ以上あるけど、その1つでも解決する動画を流したら、凄い事になるわよ。先輩、すっごい可愛いし、東条先輩だって黙ってないでしょうから、画面にあの二人が映っているだけでお宝映像よ!」
「… それこそ、東条先生や水島先生が許さないだろう?」
「そこを、何とかするのが瀬田君でしょう!!」
見つからない様に、ドアの影でコソコソと…
「え、俺なの?! 嫌だよー、絶対、無理だよ」
「相変わらず、大きいのは図体だけなんだから…」
「学校の怪奇現象、一番のお勧めはどれかな?」
「それはもちろん、『職員校舎真ん中の、階段踊り場の現れる悪魔の鏡』ね! … あ、白川先輩」
コソコソと話していたつもりでしたが、主にはバレバレだった様です。主は2枚目のスクラッチを終わらせて、コソコソと、けれど熱弁を振るう百田さんの前にチョコンとしゃがみ込んで、学校の怪奇現象のお勧めを聞いてみました。
「下校時間だよ」
しまった! って、顔中で表現した百田さんに、主は微笑みかけました。
「一緒に帰ろっか。髪型、マッシュに出来ないし、入部も出来ないけれど、お話しすることなら出来ると思って」
「「天使様…」」
ふんわりした微笑みに、百田さんと瀬田君はポワワワワン~としちゃいました。美術室のドアの前で座り込んでいる主達3人を横目に、美術部の子達はどんどん帰って行きます。
「今、帰る準備するね。床、冷たくて体冷えちゃうから、椅子に座って待っててね」
帰って行く部員達と挨拶を交わしながら、主は帰る準備をし始めました。そんな主を、百田さんと瀬田君は美術室の椅子に座って見つめています。
「白川さん、ちょっと…」
不意に、主が顧問の先生に呼ばれました。話し込む主と先生を横目に見ながら、百田さんと瀬田さんは主の持ち物に興味津々でした。特に、クロッキー帳が気になるみたいで…
「先輩、本当に絵が上手」
「勝手に見ちゃまずいって」
瀬田君、そう言いながらも、百田さんが手にしたクロッキー帳を覗き込んでいます。
「でも、あの話が本当なら、クロッキー帳に…」
修学旅行のページを見つけました。朝の空港・飛行機・搭乗風景・飛行機の中・港・船の中… と、風景や皆の表情が沢山書き込まれ始めました。色はカラーだったり、単色だったり、その時の主の気分で違うみたいです。
「コンテストで賞取るだけあって、上手だなぁ~」
「あった…」
百田さんの手が止りました。廃墟の中、今にも崩れ落ちそうなブロック塀に向かって、仲良く手を繋いで歩いていく二人の子どもが描かれています。おかっぱ頭の、色褪せた赤いスカート姿の女の子と、その子より少し背の高い、坊主頭で半ズボンの男の子。女の子は、隣の男の子を見上げています。
その横顔が、とても嬉しそうに描かれていました。その絵を飾るように、色とりどりの花が描かれていました。まるで、お花の額です。その右下に、ひときわ大きなお花が描かれていて、上には小さな小さなカエルがちょこんと乗っかっています。
「これが、話に聞いた絵…」
修学旅行の一日目、皆が見ている前で自然と完成されたその絵を、2人は求めていたみたいです。
「怖くはないね」
少女の横顔があまりにも優しくて、百田さんは拍子抜けしたみたいです。
「あまり見つめると、魂を抜かれるわよ」
「「ひっ!!」」
不意に、背後から聞こえた押し殺した女性の声に、百田さんと瀬田君はビクッとしました。
「「と、東条先輩…」」
ぬっと、2人の間から顔を出した桃華ちゃんに、2人はポロっと涙を零しました。
「あら、脅かしすぎちゃった? オカルト研究部だって聞いたから、これぐらい慣れっこだと思ったんだけれど。やり過ぎたわね、ごめんなさい」
悪戯が成功してクスクス笑う
「あ、クロッキー帳、ごめんなさい。勝手に見ました」
「百田さん、
桃華ちゃんは、申し訳なさそうに差し出されたクロッキー帳を受け取って、開かれたページを見ました。
「… この絵の話を聞いたのね。桜雨に、特別な力なんて、無いと思うわよ。私、産まれた時から桜雨とずっと一緒だけれど、怪異なんてなかったもの」
言いながら、そっとクロッキー帳を閉じるのと、主が戻ってきたのは同時でした。