■その169 マッシュ部?いえ、オカ研です■
昨日、あんなにグダグダだった3人の先生組。今朝は玄関を一歩出ると、ちゃんといつも通りの先生の顔になっていました。それは授業中もで、昨日の人達と同一人物とはとても思えません。
「ちゃんと、仕事してるのね」
と、
「では、これから15分は各自問題集を解くこと、始め」
教室の壁時計が時間を刻む音。クラスメイトが問題集に書き込む音。三鷹さんが教室内を見まわる足音。
修学旅行の疲れが取れていないクラスメイトに、そんな音が子守歌になって襲い掛かりました。無駄な抵抗はしないです。襲われるまま、夢の中にレッツ・ゴー!です。三鷹さんは、そんな生徒の肩を軽く叩いて起こしてあげていますが、数分も持ちません。すぐに、また夢の中です。ちゃんと問題集に取り組んでいる生徒には、丸を付けたり、ポイントを赤で書き込んだりしていきます。もちろん、主はちゃんと問題集に集中です。後ろから回って来た三鷹さんは、主の問題集に書き込みました。
『夕飯 辛いの』
夕飯のリクエストです。三鷹さん、主の問題集には、私的な事をよく書いていきます。小さく頷く主のフワフワの後頭部を見て、三鷹さんはちょっとだけ微笑みました。
そんな午前が終わり、これからお昼… という時に、朝の凸凹マッシュコンビが教室に駆け込んできました。午後も綺麗なマッシュですね。主と桃華ちゃんの席の横で、ビシッ! と直立不動になって
「白川先輩、朝は大変失礼しました!」
「頭を上げて。失礼なことされたとは思ってないから。ただ、貴女が言っている事の意味が分からなかったの」
慌てた主は席から立ち上がって、2人に頭を上げるように促しました。桃華ちゃんはスマートフォンを取り出しました。
「もう一度、お願いします! ぜひとも、我が部に入部してください。先輩の能力が、必要なんです!!」
「よろしくお願いします!!」
今度は、二人そろって勢いよく右手を出しました。まるで、告白しているかのようですね。クラスメイトは、遠巻きに見守っています。
「あのね、必要必要と言われても、彼方達の部活が何なのか、私、知らないの。何部? マッシュルームカット部? 入ったら、マッシュルームカットにしなきゃダメ? 私、今髪を伸ばしているから、切りたくないなぁって思って」
いや、そんな部活ないから! って、クラスメイトの誰もが心の中で突っ込みました。
「髪型は校則に違反しなければ、自由です。部活は、『オカルト研究部』です!」
「し、しら、白川先輩の能力を、是非とも我が部で活用して頂きたいんです!」
瀬田君、お顔が真っ赤っかです。主の名前を呼ぶだけでもけっこう緊張するみたいで、声が裏返ったうえにカミカミです。
「私、彼方達が期待しているような『能力』? ないよ、きっと」
キョトンとする主に、百田さんがずいっと一歩近づこうとしました。けれど、桃華ちゃんが2人の間に腕を伸ばして牽制しました。
「朝も言ったわよね? 私達は3年生で、新しい部活を始める程、時間に余裕はないの。彼方達が活動する時間は、
「いえ、白川先輩の能力は、我が部に絶対必要なんです! 使わないなんて、勿体無いです!!」
桃華ちゃんの絶対零度の視線を受けても、百田さんはへこたれません。自分の両手を胸のあたりで握りしめて、熱く語ります。
「先輩の能力があれば、我が校の怪奇現象は全て立証されて、解消されます!」
百田さんの言葉に、桃華ちゃんのコメカミが軽く痙攣しました。
「冗談じゃないわ。彼方達の自己満足に、桜雨を使わせるわけないでしょう」
静かに立ち上がった桃華ちゃんは、威圧するように百田さんを見下ろしました。
「でも…」
美人の睨みは、とっても怖いです。百田さんは桃華ちゃんの圧に負けて、少し後ずさりしました。隣の瀬田君は、視線を合わせることも出来ず、下を向いちゃいました。
「ハイハイ、そこまでですよ~」
そんな桃華ちゃんと百田さんの間に、梅吉さんの腕がスッと入りました。
「百田さん、気持ちは分からなくもないけれど、流石にこの時期に3年生を勧誘するのは無しだよ~。3年生から『入部させて~』って言うなら、それはOKだけれどね」
ジャージ姿の梅吉さんは、桃花ちゃんとは正反対の優しい笑顔で言います。
「でも、先生、白川先輩がいれば、『夜中の体育館で2人でバスケをする人影』とか、『西棟3階トイレの花子さん』とか『夜中に校庭で遊ぶ精霊』とか『音楽室の笑う肖像』とか『夜の売店おばちゃん』とか『旧校舎の開かずの扉』とか『職員校舎真ん中の、階段踊り場の現れる悪魔の鏡』とか…」
「ちょ、ちょっと待って。結構あるな…」
指を折りながら学校の怪奇現象を上げていく百田さんを、梅吉さんは慌てて止めました。
「まだ、ありますよ」
「そう言うのって、7個で終わりじゃないの?」
「じゃないです。まだ、あと10個以上ありますよ」
ケロっと言う百田さんの隣で、瀬田君がうんうんと頷いています。
「全否定はしないけれど、そこに桜雨を関わらせないでちょうだい。さ、桜雨、お昼に行こう」
桃華ちゃんは百田さんをひと睨みして、机の横に掛けている鞄を手にしました。主は、最後の『職員校舎真ん中の、階段踊り場の現れる悪魔の鏡』を聞いて、顔色を無くしていました。
「今日は、中庭がすいている」
そんな主の顔色にいち早く気が付いたのは、梅吉さんの後ろで様子を見ていた三鷹さんでした。主の鞄を机横から取って、桃花ちゃんと行くように、主の背中を軽く押して促しました。
「先輩!」
「無理強いは、感心しない」
桃華ちゃんと手を繋いで歩き出した主を、百田さんが止めようとしました。けれど、三鷹さんが片手を上げて制止します。
「… 水島先生、白川先輩の独り占めは、ズルいです!」
あー、言っちゃった。
言っちゃったよ、あの子。
水ッチのスイッチ、入っちゃうから。
って、事の成り行きを見守っていたクラスメイト達は、皆心で言いました。
「ズルくはない。… 桜雨は」
「はい、ストップ!」
三鷹さんが主の名前を口にした瞬間、梅吉さんがその口に手を当てて止めました。
「生徒達の前で、特定の生徒の名前を呼んじゃダメでしょうよ」
梅吉さん、こそっと三鷹さんに注意をします。が、三鷹さんは特に気にする様子もありません。
「ともかく、早くランチタイムにしないと、午後の授業が始まっちゃうよ。ここ、3年生の教室だしね」
「… はい」
百田さん、不機嫌を隠すことなく、顔前面に出しています。梅吉さんに背中を押されて、百田さんと瀬田君は廊下に出ました。
「そもそも、しつこい勧誘はダメですよ!って、顧問から言われてるでしょ? 今回は見逃がすけれど、次見つけたら、顧問に報告するからね」
梅吉さんにしては、きつめの口調です。さすが、主や桃華ちゃんが絡むと、容赦ないです。
「「はい、すみませんでした…」」
2人は肩を落として、自分の教室へと戻って行きます。そんな凸凹マッシュコンビの後ろ姿を見ながら、梅吉さんは大きなため息をつきました。
「昼」
そんな梅吉さんに、三鷹さんが声をかけると、二人仲良く中庭に向かいました。