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第168話 マッシュのスカウト

■その168 マッシュのスカウト■


 今朝は、起きるのに時間がかかったんです。いつも通り起きて、朝ごはんやお弁当は作りました。けれど、なかなか眠気は覚めないし、体もダルダル…。それは主だけじゃなくて、桃華ももかちゃんも同じだったようです。


 今週のスケジュールは、月曜日から水曜日まで修学旅行。木曜日の昨日はお休みだったので、午前中は髪の毛のカットやフェイシャルエステと、ゆっくりはしていたんですけれど。金曜日の今日、明日は学校が休みだと分かっていると、今日も休んじゃいたいのが本音なんです。

 今日の身支度、主は桃華ちゃんを、桃華ちゃんは主を… お互いにやり合いっこしました。そんなお姉ちゃん達を見て、双子君達は朝の食器洗いを買って出てくれました。


「今日も休みで、いいじゃないねぇ」


 桃華ちゃんはだるそうに下駄箱の蓋を開けて、3日分のファンレターの束と、上履きを取り出しました。その横で、主も頷きながら、やっぱり3日分のファンレターの束と、上履きを取り出します。2人とも、ファンレターは、直ぐに鞄の中へ。後で、梅吉さんのチェックが入るんですよ、これ。


 登校した生徒が行き交う昇降口は、あちらこちらで挨拶の声が聞こえます。3年生は日にちをずらして修学旅行に出ているので、いつもより1年生と2年生の姿が目立ちます。そして、主達のクラスメイトとお隣のA組は、やっぱりまだ疲れが抜けていないようです。交わす挨拶に、覇気がありません。


「一番元気なのは、佐伯君だね。羨ましいな」


 主、ちゃんと目を開けて履かないと、頭から転んじゃいますよ。ああ、しゃがみ込んじゃった。


「佐伯君、本当に体力の塊よね」


 桃華ちゃんも主の隣にしゃがみ込んで、よいしょって上履きを履きます。佐伯君、お疲れ様休みの昨日は、修二さんのお手伝いでお仕事でした。


「おはようございます、白川先輩」


「おはようございます。えーっと…」


 頭上から、元気な挨拶が聞こえました。主と桃華ちゃんは頭を上げて挨拶を返しましたが、誰だか分かりません。


「初めまして、2年A組の百田ももた結子ゆうこと申します」


「あ… はい、初めまして」


 主が立ち上がると、百田さんと身長差はありませんでした。色白でふっくらとしてて、パッチリした真っ黒な瞳と、パツンと眉毛上で切り揃えた長めの黒いマッシュボブが、とても印象的です。


「旅先での先輩のご活躍、聞いています!! 先輩の能力、是非とも我が部に!!」


 大興奮です。百田さんは白いほっぺを真っ赤にして、主の両手を力いっぱい握りしめて言いました。


「あのぉ… 能力って? 心当たりが無くて…」


 握られた手が、ブンブンと上下に振られます。


「白川先輩と東条先生のファンなんです! いつもは、遠くから眺めていたんです。でも、先輩の旅行先でのご活躍を聞いて、これは絶対に入部してもらわなきゃ! って、今日は勇気を振り絞りました!」


 この興奮状態は、今までの反動なんでしょうか?


「部活の勧誘? 私達、3年生だから無理よ」


 桃華ちゃんは上下に揺れる二人の手を、そっと上から押さえて止めました。


「あ、大丈夫です。うちの先輩方、2学期の中ぐらいまでは活動しているので、今入部して頂ければ、半年は一緒にできますよ」


「私達、3年生よ。知ってるかしら? 『灰色の受験生』って言葉があるのを」


 無邪気な百田さんに、桃華ちゃんはニコリともしないで聞きました。手は、百田さんと主の手を引き離しにかかっています。


「活動と言っても、3年の先輩方は息抜きに来られるだけですよ~」


 握手した手を放されて、百田さんは残念そう。


「はぁ… でも、何の部活?」


 手が解放されても、百田さんの勢いに押されてます。


「それは…」


「あー!! 百田、抜け駆け!!」


 百田さんが答えようとした時、昇降口に入って来た男子生徒が大声を上げました。桃華ちゃんと同じぐらいの身長で、少し細身ですね。パッツン! と眉毛上で切り揃えられた黒いマッシュボブに、真っ赤な眼鏡がとっても印象的です。


「瀬田君、おはよー」


「おはよー。… じゃなくて、抜け駆けするなよなぁ!! 先輩に、せんぱ… せん…」


 瀬田君と呼ばれた男子生徒は、百田さんには噛みつくような勢いでしたが、主を見た瞬間に顔を真っ赤にして言い淀んでしまいました。


「おはようございます」


「お、おは、おはよう… ございます」


 瀬田君と目があった主は、いつも通りにニコッと挨拶をしまいした。すると、瀬田さんは声をひっくり返して、アワアワしながら百田さんの襟元をガッシリと掴みました。


「今の話は… その、あの、また後程…」


「ちょっと、瀬田ぁー」


 瀬田君は、顔を真っ赤にしてゴニョニョ言いながら、百田さんを引きずって行きました。


「結局、何部?」


「桃ちゃん… あの部に入ったら、髪型はマッシュにしなきゃいけないのかな?」


「… マッシュルームカット部、ってこと?」


「私、マッシュルームカット、似合うかしら?」


 言い合いながら放れていく2人を見ながら、桃華ちゃんと主は呟きました。


「おはよー。どしたの? 遅刻するよ~」


 そんな主と桃華ちゃんに、大森さんが声をかけてくれました。大森さんも、やっぱり怠そうです。


「やだ、後5分でホームルームだわ」


「急ごう~」


 桃華ちゃんが腕時計で時間を確認すると、三人は早歩きで教室に向かいました。廊下は走っちゃ駄目ですもんね。



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