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第166話 修学旅行・お土産話1

■その166 修学旅行・お土産話1■


 大きな鏡に映る僕の主の桜雨おうめちゃんは、ニコニコ顔です。


 とても落ち着いているウッド調の店内は、余計な飾りも無くて、とてもスッキリしています。開店早々の店内に、外からのお日様の光が柔らかく入って来てて、秋君は日向ぼっこをしながら寝ています。広い店内にはガッシリ大きめで、しっかりした黒い椅子が5つ。その椅子の列の真ん中に、主と従姉妹の桃華ももかちゃんが、カットケープを巻いた姿で並んで座っていました。二人の膝には、昨日まで行っていた長崎のパンフレットがあります。


「お帰り~」


 長身細身で柔らかい物腰、いつも優しくて落ち着いた雰囲気を纏っているのが店長の坂本さんですが、今日はいつもより声も高々に登場です。踊るようなステップで、主の後ろに立ちました。


「お土産、ありがとなー」


 桃華ちゃんの後ろには、今日も金髪をジェルでツンツン立てた岩江さんです。今日は、三白眼にはめているコンタクト、青ですね。


「「ただいまでーす」」


 鏡越しに、笑顔でご挨拶です。


「お土産なんて、よかったのにぃー」


 坂本さんの手つきはとても丁寧で、主はいつもウットリしちゃうんです。クシが髪を通る感触が、気持ちいいんですよね。


「足りないぐらいです。龍虎りゅうこのこと、私達の事、ありがとうございました」


 頭を動かしたら坂本さんのお仕事の邪魔になっちゃうんで、カット中はいつもより表情が豊かになります。


「秋君が桜雨おうめの鞄の中から出てきた時、本当に驚いたもんね。でも、とっても助かりました。坂本さん、本当にありがとう」


 桃華ちゃんも、カット中は表情で意思表示です。動いても、岩江さんも怒りませんけどね。


「大変だったのは、彼方達でしょう? 私は、こっちに居ただけだもの。修二さん達、大丈夫だった? 顔色無くすどころか、久しぶりに見ちゃいけない顔になってたわ。でも、思ったより初動が早かったのね」


 主は髪の毛を伸ばしているので、毛先をそろえるだけです。それでも月に一回、こうして鋏を入れてもらうと、髪の毛のまとまりも痛みも変わってきます。

 修二さんの顔の話が出た瞬間、隣で桃華ちゃんの髪を切っている岩江さんの顔色が、シュッと無くなりました。気持ち、震えてますね。


「お父さん、空港までお迎えに来てくれて、ちっとも放れてくれませんでした」

「うちも。夜寝る時も、リビングで勢ぞろいで寝たしね」


 修二さんだけじゃなくって、双子の弟君達、美和さん、美世さん、勇一さんも、主と桃華ちゃんにべったりでした。今朝は、双子君達を学校まで送っても行きました。秋君のお散歩をしながら、主と桃華ちゃんと先生3人の5人で。


「初動に関しては…」


 桃華ちゃんは鏡越しに、待ち合いの椅子で何やら缶コーヒーを片手に、資料に目を通している男性3人を、そっと見ました。起きたままの寝ぐせのついた髪、半開きの目に少しコケた頬と少し伸びたひげ… 梅吉さんも三鷹みたかさんも笠原先生も、修学旅行の疲れが隠せていません。


「旅行前に、笠原先生にかんざしを貸して欲しいって言われて、返された時に言われたの。『何かあったら、迷わず簪を壊してください』って。だから、車に連れ込まれた時、ワザと簪を地面に投げつけたの。

 先生、簪にGPS付けてたみたいで、私からの発信が無くなったから、直ぐに動いてくれたみたい」


 岩江さんは鏡越しに、こそっと笠原先生を見ました。


「あの人も、独占力強いのか…」


 そんな独り言を、桃華ちゃんは苦笑いしながら聞き流しました。


「私、知らなかったー」


「監禁されてたあの部屋で、桜雨に伝えようと思ったんだけれど、見張りの人が居たでしょう?バレない方がいいのかなって思って。ごめんね。教えてあげれば、少しは安心できたのに」


 主と桃華ちゃんは、鏡を使っての会話です。


「桃華ちゃんと秋君が居てくれただけで、心強かったよ。それに、簪が壊れちゃった事には変わりないんだから。… 先生、新しいの買ってくれるって?」


 主、ニコっと笑った後にちょっと悲しそうな表情になって、最後はちょっとワクワクした感じです。坂本さんと岩江さんも、ちょっと興味津々です。


「… 買ってくれるって、言ってた」


「そっかー、じゃあデートだね。いいなぁ~」


 ちょっと恥ずかしそうな桃華ももかちゃんに、主は本気で羨ましそうです。


「え? デート? 桜雨おうめは? 一緒に行きましょうよ」


「私、お邪魔虫になりたくないな~」


 慌てる桃華ちゃんに、主はニコニコと返しました。


「桜雨ちゃんも、デートするんでしょ?」


「え?!」


 坂本さんに聞かれて、主はボン! って一気に顔を真っ赤にしました。


「デート…」


「そ、2人とも、いつものタイムセールや家の買い物、お散歩デートもいいと思うけれど、たまにはお洒落して、どこかで待ち合わせしてのデートもいいんじゃない? あんな姿しょっちゅ見ていたら、トキメキも減っちゃうでしょう?」


 坂本さんが、鏡越しに三鷹さんと笠原先生を見ました。先生のファンには見せられない姿ですもんね。寝起きジャージ姿の3人組。


「私、結構、三鷹みたかさんのお髭が伸び始めた顔… 好きなの。眉間に皺が寄ってたり、ちょっとクマが出来てたりしたら、朝ごはんどうしようかなって考えるんだけれど、これって、私だけの特権みたいで…。ご飯、いつも美味しいって食べてくれるし。お買い物の時も、荷物を持ってくれる腕が力強くって素敵だし…」


 主、恥ずかしくて恥ずかしくて、思わず下を向いちゃいました。


「やだぁ~、ご馳走様!」


 坂本さんは、ウフフフフ~と笑いながら、自分の顔を手で扇ぎました。


「うちの高橋もねぇ、桜雨ちゃんみたいに日常でトキメキ出来てるのかしら? 仕事柄、デート出来てないから同棲を始めたはずなんだけれどねぇ…」


 坂本さん、年頃の娘さんをもったお母さんのように、困った顔です。


「高橋さん、いつもだけれど、今回は本当に助かりました!」


「いいのよ、あの子、いつもああなんだから。一応、家事は半分ずつやってるみたいだけれど、絶対、恋人さんの方が高橋の世話を焼いてるわね」


「酒呑んだ時は特にな」


 主のお礼を坂本さんはサラッと流して、岩江さんは揶揄からかうように笑いました。


「高橋さん、佐伯君と似てるわよね。喧嘩っ早い所とか、ちょっと短気な所とか」


「「「確かに」」」


 桃華ちゃんの言葉に、主と坂本さんと岩江さんが頷きました。


「じゃぁ、その高橋にバトンタッチしようかしらね。高橋~」


 主、カットの後はシャンプーとトリートメントです。坂本さんが高橋さんに声をかけながら待ち合いを見ると…


「見事に撃沈ね」


「修学旅行中、色々あったからねぇ…」


「お疲れ休日、今日だけだろ? 明日からまた仕事って、辛いよなぁー」


 桃華ちゃんの言う通り、先生組は待ち合いの長椅子で、そろって撃沈しています。お互いにもたれ掛かって… 仲良しさんですね。



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