■ その164 イベントボス降臨■
再会の場面に、浜川さんが髪を振り乱して現れました。笠原先生よりも少し身長が高いだけなのに、筋肉もしっかりついているので、とても大きく見えます。
「人が、人が優しく招待してやったのに…」
鼻息も荒く、目も血走っています。
「拉致監禁は、招待とは言いません。立派な犯罪ですよ」
笠原先生が桃華ちゃんを抱きしめたまま、スッと後ろに下がりました。その横を、待ってました! と言わんばかりに、佐伯君が飛び出します。足元の男たちは、見るも無残に蹴っ飛ばされて行きました。
「いいねぇ、ラスボス感があって」
佐伯君、竹刀は持たずに、素手でやり合おうとしています。
「小僧、この私に素手で勝つつもりか!!」
確かに、佐伯君の言った通り、ラスボスっぽい。浜川さんは般若のような顔で、佐伯君に覆い被さるように襲ってきました。まだ成長途中の佐伯君は、浜川さんの半分ほどの幅しかありません。
「佐伯君、5分です。5分経ったら、降りて来てください。帰りますよ」
「十分!」
笠原先生の声掛けに、浜川さんの丸太の様な腕の振りから身をかわしながら、佐伯君は楽しそうに答えました。次々と繰り出される腕や脚は、佐伯君の周囲の空気をブンブンと切っていきます。佐伯君はそれをヒラヒラ避けながら、チャンスを狙っていました。
「そう言う事ですので、5分後、佐伯君の引率を頼みましたよ、小暮先生」
笠原先生はそんな佐伯君を見て、壁の影で様子を窺っていた小暮先生に言いました。
「… 佐伯君の頭に血が昇っていたら、自信ありません」
壁から、コソっと顔だけ出して、小暮先生は答えました。それに突っ込むことなく、笠原先生は
「アンタ、そんなにいい筋肉もってんのに、使い方がイマイチだな。もったいねぇのー」
佐伯君は、スピードと柔軟性を生かして、浜川さんの攻撃の隙をつき始めました。みぞおち、腕の内側、肘、喉、肝臓… 大きな浜川さんの体がグラグラと揺らぎ
「とどめ!」
最後は鼻と上唇の間、
「な? 余裕だろ? ラスボスってより、イベントボスだな」
「確かに」
パンパンと手を叩いて埃を払いながら、佐伯君は小暮先生に笑いかけました。小暮先生、そっと壁の影から出た来ました。
「じゃぁ、行きましょうか…」
ドン!
佐伯君を促した小暮先生の顔と動きが、固まりました。
「小暮先生!」
「お前さえいなければ…」
小暮先生の背中を、あの、どこにでもいる男の人がナイフで刺していました。
「し… しつこい男は、嫌われますよ」
小暮先生はナイフを握る男の人の腕をガシッと掴んで、体を反転させます。男の人と小暮先生の間に隙間が出来た瞬間、佐伯君の飛び蹴りが横っ面に炸裂しました。
「ぐが…」
男の人は白目をむいて数メートル吹っ飛んで、壁に激突しました。ピクッピクッ… と、数回痙攣した後に男の人は気を失いました。
「先生、大丈夫か?」
「ははは… まぁ、動けます」
痛みもそうですけど、ナイフの刺さっている感覚に不快感を覚えて、小暮先生は床に膝をつきました。
「刺さった時は、下手に抜かない方がいいってさ。ジッとしてなよ」
そう言って、佐伯君は自分より大きな小暮先生を、お米を担ぐように肩に担ぎあげました。
「さ、佐伯君?!」
「だから、動くなってば。外で、東条先生が待機してる。救急車呼んでるはずだから、下に降りてた方が早いだろ? それとも、ここに居る?」
慌てた小暮先生に構わず、佐伯君はさっさと階段を降り始めました。
「いや… お願いします」
「りょーかい」
小暮先生は完全に脱力して、暴れて機嫌がいい佐伯君に全身を託しました。