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第162話 勘違いの大人達


■その162 勘違いの大人達■


 主達の前に仁王立ちになっている秋君が、唸りだしました。全身の毛を逆立てて、今にも飛びつきそうです。


「… 私達は物のついでで連れて来られたのは分かります。けれど、この子はどうするつもりですか?」


 主は桃華ももかちゃんの前に立ちあがり、三島さんをジッと見ました。


「物怖じしない方ですね。さすがは…」


「失礼」


 三島さんが話をしている途中で、ドアが勢いよく開いてまた人が入ってきました。今度は、上にも横にも大きい女の人です。柔らかそうじゃないんです、がっちりしてるんです。腰まであるストレートヘアーや太い眉は明るい茶色、そんな前髪と眉の下の瞳も、口も大きくて、標準サイズのはずの鼻が小さく見えます。


「三島専務、私のお客様に勝手に合わないで頂きたい」


「これはこれは浜川常務、お客様の前ですよ? ご挨拶も無しに、失礼ではないですか?」


 2人は対峙しながら、静かに火花を散らし始めました。もちろん、主も桃華ちゃんも訳が分かりません。

秋君は急に現れた大きな女の人に、少しだけたじろぐも、直ぐにまた牙を剝きました。


「ちょっ… ちょっと待ってください。浜川常務、話しを聞いてください」


 3人目が、息を切らしながら部屋に入ってきました。長身でスーツ姿の男の人です。ほっそい銀ブチの眼鏡、バックにセットした焦げ茶色のショートヘアー、小さめの鼻と、少し厚めの唇。少し目尻の下がった黒い瞳、左の目じりに小さいホクロがあります。


「… あ、小暮先生」


 主が気づきました。いつもとちょっと感じが違ったので、気が付くのが少し遅れたみたいです。


「やあ、子猫ちゃん達。良かった、怪我はなさそうだね」


 主達の無事を確認して、小暮先生はホッとため息をつきました。


「お二人とも、ちょっとやり方が強引すぎませんか?さすがに、誘拐はやりすぎですよ」


 小暮先生は火花を散らして立つ二人の間に入り込み、両手を開いて二人に距離をとらせました。


「私は、ご招待しただけだ」


 浜川常務と呼ばれた女の人が、三島さんを見下ろしながら言います。


「私は、助けただけですよ。どこかの野蛮な者達から、保護して差し上げたまで」


 三島さんは蛇の様な目で、浜川さんを睨みつけます。そんな大人達の様子を、主達はジッと見ています。


「私のお客様は、何か勘違いをされたようでね。慣れない土地で迷子になってしまったから、助けようと…」


 浜川さんの言葉を、少しイラついた口調で三島さんが遮りました。


「失礼ながら、もう、時間が無い。会長の命の灯は、今日か明日にでも消えるでしょう? 名誉職とは言えども、会長のグループへ与えている影響はとても大きい。会長亡き後、社長や副社長は変わらずとも、社内の勢力図は大きく動くでしょう。私はね、出遅れたくないんですよ。会長の孫というアクセサリーがあれば、勢いに乗れる。上手くすれば、実権を握ることだって可能なんですよ。駒数は多く持ち、尚且つ有効的に使用しなければね」


 ハッキリ言って、何の話をしているのか、主達はサッパリです。


「随分と、素直ですね」


 小暮先生が苦笑いしながら言います。


「ここまで来て、体裁を取り繕う理由がありませんし、彼方方も同じでしょう?」


 三島さんは神経質そうに眉を痙攣させて言いました。


「その口ぶりですと、社長か副社長の弱味を握っているかもしれませんが…。まず、浜川常務、事前調査は確りされましたか?」


 小暮先生は、大きくため息をついて浜川さんに聞きました。


「もちろん」


「… 事前調査が完璧だと言うのでしたら、今回の誘拐はお粗末も良いところですよ」


 自信満々に答える浜川さんに、小暮先生は首を振って馬鹿にしたように言いました。


「お粗末? どこがお粗末だと?」


「まぁ、結果的には目的を達成していますが… あの小さな女の子は、会長の直系のお孫さんではありませんよ」


「なにぃ? しかし調査では、年は7~8歳ぐらいで『白川桜』と…」


 ここまで聞いて、主と桃華ちゃんはピィーン!ときました。


「8歳の直系のお孫さんは、双子の男の子です。女の子は高校3年生。名前は『桜』ではなく桜の雨と書いて『桜雨』おうめ

 そこで寝ている小さな女の子は、桜雨さんの従妹ですよ。お母さんの妹さんの子ども… 会長とは、血の繋がりはありませんよ」


 小暮先生の説明に、主と桃華ちゃんの視線は、まだ眠っている和桜なおちゃんに向きました。和桜ちゃん、主の従妹だったんですね。なら、良く似ているのは納得ですね。


「そんな…」


「しかも、この二人を誘拐だなんて、本当に最悪ですよ。このホテルが木っ端微塵にされる覚悟、しておいた方がいいですよ」


 愕然とする女の人に、小暮先生は呆れながら言いました。


「小暮先生、私達、全然わからないんですけれど?」


 主は、恐る恐る小暮先生に声をかけました。


「そうですよね。子猫ちゃん達には、本当に申し訳ないです。本当は、こんな所で僕からじゃなく、ちゃんとした所で…」


 小暮先生が本当に申し訳なさそうに主達に頭を下げて、事情を話そうとしましたが、廊下から警報機の音がけたたましく聞こえてきました。


「タイムアウトの様ですよ。思っていた以上の速さですね」


 三島さんは両手を上げて、近くの椅子に深く腰を掛けました。


「兄さん達ね?!」


 ホッとしたような嬉しいような… 桃華ちゃんは表情をパッと輝かせました。主もホッとしながら、足元で威嚇しっぱなしだった秋君を抱っこしました。


「お孫様、失礼」


 そんな主を、浜川さんは見かけによらないスピードで小脇に抱えて、ササっと部屋から出ようとしました。


「これは、困ります」


 けれど、主は慌てることなくプランと下がった足を片方、これでもかって言うぐらい背中をしならせて跳ね上げました。


「ぐあっ!」


 主の踵が、浜川さんの右頬にめり込みました。


「よいしょ」


 瞬間、主を束縛している腕の力が緩んだので、エビのように勢いよく後ろへと抜けました。


「桜雨!」


 桃華ちゃんはさっと和桜ちゃんを抱き上げました。主は頷くと、桃華ちゃんと部屋の外に駆けだそうとしました。


「今度は逃がさない!」


 けれど、ドアから見覚えのある男の人が突撃してきました。少し伸びた白髪交じりの黒髪、黒縁の眼鏡、中肉中背、カーキ色のスプリングセーターにジーンズと、どこにでもいる男の人です。


「傷つけるな!」


 男の人がナイフを構えていたので、小暮先生が素早く主の前に出ました。


「アンタのせいだ。アンタが俺の仕事を邪魔したから、常務に叱られたんだ。俺が悪いんじゃない!」


 男の人は、血走った目で小暮先生に切り付けてきました。それが合図だったんでしょうか? 部屋に、5人の男の人が入ってきました。



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