■その160 怒れる先生組■
心拍数が上がっているのが分かる。耳の真横で、心臓が激しく鼓動を繰り返しているようで、他の音がくぐもっている。視界もグラグラ揺れていて、目の前にいるのが誰だか…
桃華と桜雨の、可愛らしい笑顔。
グルグルグル… 俺の頭と視界を、二人の幻が消えては現れ、現れては消える。
不意に俺の頬を襲った痛みは、そんな状態をリセットしてくれた。… メチャクチャ、痛いんだけど。
「梅吉、確りしてください」
殴られたショックで、床に膝をついたらしい俺の肩を揺らしながら、笠原が話しかけてきた。
「ああ… 悪い。流石にショックだ」
「気持ちは良くわかります。けれど、貴方に冷静になってもらわないと、アレの対処に困ります」
笠原がそう言って顎で指したのは、男子トイレの前にある非常階段の柵に、片手を縛り付けられている半袖姿の
鼻息は荒いし、焦点が合ってない。相当、頭に血が上ってる。俺みたいに、報告を受けて切れたんだな。
「二人同時に切れられると、流石に実弾をぶち込もうと思いましたよ」
「え? 持って来てないよね? 本物(鉄砲)」
「場所が場所ですから」
そうだ、ここは原爆資料館だ。桃華から連絡が入って、とりあえず戻って来たんだった。
「さあ、深呼吸してください。時系列で復習します」
笠原、それは殴る体勢だよね? 実弾の代わりにもう一発、拳をお見舞いされるの? 分かりました、深呼吸します。
「まず… 梅吉がこの原爆資料館を出た後、東条達は館内を見て回り、行程表通り平和公園の『祈りのゾーン』へ向かいました。途中、東条と白石は他のメンバーがクレープを買うというので、先に進んだようです」
その間、俺は高浜先生と、『願いのゾーン』の平和祈念像前で、来た生徒をチェックしつつ学校関係に連絡中。
「そうか、桃華から「迷子を保護した」って連絡があった時には、桜雨しか傍に居なかったのか」
てっきり、皆一緒かと思っていた。
「その連絡の10分ほど後には、
笠原は、スマホでGPS信号が切れた時間を確認した。
「けれど、秋君に埋め込まれているマイクロチップからの信号は生きています。こちらは、まだ移動中です。マイクロチップの信号と、スマホの信号は切れるまで一緒だったので、秋君、二人と一緒だと願いたいですね。なので、追跡は可能です。しかし、相手の人数や目的がまるっきり分かりません。やみくもに追いかけて、二人を要らぬ危険に晒すのも得策ではありません。ここは、使える駒は大いに使いましょう」
そう言って、笠原はスマホのLINEの坂本先輩を指した。
「OK。落ち着いた。完全じゃないけれど、とにかく頭は使えるようになった。
坂本先輩と母さんに連絡するから、笠原は高浜先生に報告してくれ。あと…」
「あれも、頼みますよ」
笠原は、スマホ片手に展示室の方へと歩いて行った。反対の手は握りしめられてて… 血が出てるよ、笠原。そうだよな、お前だって怒ってるし、心配してるよな。俺が冷静にならないと、ダメじゃんかな。『あれ』と呼ばれた三鷹は、相変わらず興奮状態だし。
「まぁ、冷静になれないよな。でもな、冷静にならないと、助けられる者も、助けられなくなるぞ!」
それは、三鷹に言いながら、自分自身にも言い聞かせた言葉だった。三鷹の胸元をしっかりつかんで、額と額をぶつけて、大きな声で言い聞かせる。
「まだ、間に合う! 落ち着いて、行動するんだ!!」
トドメに腹に一発拳を入れれば、無意識に乱れた呼吸を直しながら正気も戻って来る。ってか、そのタイミングで、言い聞かせる。
「落ち着け! 桜雨は無事だ!」
もう一発かな? そう思って、拳を構えると
「… どうする?」
ようやく落ち着いた三鷹が、せき込みながら聞いてきた。
「まず、犯人は殺すなよ。ちゃんと、警察に引き渡すんだぞ」
三鷹の拘束を解きながら言うも、これも自分自身にも言い聞かせてる。俺の大切な妹達を… 本当は、これでもかってぐらい痛めつけて、再起不能にしてやりたい。
「覚えてたらな」
拘束を解かれた手を摩りながら、眉間に皺を寄せて何かを考えている三鷹の顔は、非常に凶悪だ。
「その狂悪な顔、桜雨に見せるなよ。怯えて、近づいてくれないぞ」
「… そっちもな」
まぁ、顔が強張ってるのはしょうがないだろうな。思考回路がまともに動くようになったと言っても、怒りは収まってないんだから。笠原に殴られた頬も、まだ痛いし。
「公園の管理室に、防犯カメラの記録をチェック出来るか聞いてくる」
声は落ち着いているように聞こえたけれど、表情は凶悪なままで、展示室の方に歩いていく。三鷹、冴えてるけど、生徒にその顔を見せるなよ。
さて、俺の頭も落ち着いてきたし、とりあえず…
「あ、先輩…」
俺は坂本先輩に連絡を入れた。