■その159 オネエは他人の恋色を観察する■
皆さん、こんにちは。理容室店長、オネエの
定休日の今日は、朝から商店街の外れの喫茶店でリラックスタイムを堪能中。木目調に整えられている店内、流れている音楽はレコードのクラッシック。窓際の席で、無口な店主が煎れてくれる美味しい珈琲を飲みながら、溜まった請求書や領収書の整理… は休憩にして、昨日発売になったファッション誌をチェック。というのは建前ね。
「おはようございまーす」
私の正面にドカッと座ったのは、態度は大きいけれど、体格は小柄なうちの後輩店員の高橋。相変わらず、ジーパンに黒いパーカー、ボディバックと洒落っ気が全くないいつもの恰好。本当、この服しか持っていないのか? この服を何枚も持っているのか? って聞きたいぐらいの、いつもの格好。
身長も低いし肉付きも悪いから、成人済みには見えないのよね、この子。休日の待ち人がこの子なんて、本当に色気がないんだけれど…
「おはよう。どうだった?」
ごめんなさいね、頼み事したのは私なのに、雑誌から視線を上げないで聞いちゃって。でも、ちょうど、アイシャドウの新作が載ってるのを見つけちゃったのよ。
「店長の言った通りっス。怪しいヤツがチラホラ… ここら辺の奴じゃないと思いますよ。顔、見たことないし」
この子、基本的な記憶力は中の下ぐらいなんだけれど、人の顔を覚えることに関しては記憶力が良いのよね。1度しか来店されていないお客様の顔も、確り覚えているぐらい。ただ、その来店がどれぐらい前だったかの記憶が曖昧なのが、残念なところね。
「ちょっかい、出してきた?」
「あの、3丁目の信号機手前、一通りが少ない所で2人。店長が構わないって言ったから、転がしたまんまです。まぁ、帰り時間はどうっすかね?」
そして、この子の利点その2。見かけは小さいけれど、腕は立つ。今も、大の大人の男2人相手に、無傷で帰って来たわね。それにしても…
「秋君をあっちに同行させて、正解だったみたいね」
「やっぱり、坂本さんが大元ね」
雑誌から視線を上げたら、高橋にモーニングを運んで来た美世さんと目が合っちゃって… あらら、聞かれちゃったわ。
「はい、朝ごはん。なんだか、一仕事して来たみたいだから、お腹空いたでしょう? 安心して、家賃には上乗せしないから。サービスよ」
「あざっす! 頂きます!!」
高橋、数日前に店のアパートを出て、美世さん達が経営するアパートに引っ越したのよね。この店の間裏にあるアパートに、恋人と。嬉しそうにモーニングのピザトーストを頬張り始めるのはいいけれど、太るんじゃない?
「秋君、
桜雨ちゃんの双子の弟達に、頼んでおいたのよね。最終的には、誰の荷物でもいいから、秋君を突っ込んでおいてって。ちゃんとやってくれるなんて、本当に可愛い双子君だわ。
「で、今の話を聞くところによると、ちゃんと聞いた方がいいみたいね」
美世さんがニッコリ笑って、高橋の隣に座るのは計算外だったわ。でも、タイミング的にいいのかも。そう思って、雑誌を閉じて珈琲を一口。
「美世さんは、私の事を知っているから、信じてくれるわよね?」
「貴方はあの子達を、私達の子どもを守ってくれる人だもの。信じるわ」
美世さん、本当に強くて美人だわ。
「店長、俺、席外します?」
「いいわよ、居て。もう、巻き込んだようなものだし」
この子、空気は読めるのよ。食べかけのモーニングプレートを持って、腰を上げようとしたりするのは、可愛げがあるのよね。
「高橋には、まだ言ってなかったわね。私ね、人の感情が色で見えるのよ。
オーラってやつね。感情の中に『好き』って好意的なものがあるじゃない? 大雑把に『好き』っていっても、その感情の幅は広くて、『好きだな~』とか『死んじゃうぐらい好き!』とか… 親の愛情、友愛、情熱や欲望… その気持ちに色々な『欲』が絡んでくるのよ。人間の感情って、綺麗ごとだけじゃないじゃない? でね、梅吉に好意を寄せる女の子に多いのが、『独占欲』。私だけを見て、私だけのものであって… 自分の欲を容赦なくぶつけて、最終的にはストーカー。このタイプのオーラは黒くてドロドロしていて、相手にへばりつくだけじゃなくて、相手が少しでも『いいな』と思った人に攻撃をするの。今、その感情を梅吉に向けているのが、職場の後輩さんね」
あの可愛い先生、無意識みたいだけど、中々しつこいのよね。
「恋愛感情が一番めんどくさいって、前に聞いた事がある。そう言う事っスか?」
「そう言う事」
「でも、私達、被害を受けた覚えはないわね」
「それはね美世さん、ドロドロの感情なんかより、梅吉を思う家族の感情の方が強いからよ。勇一さんや美世さんはもちろん、白川一家もね。私からしたらこれ以上ない程、愛で溢れた家族よ」
美世さん、嬉しそうに微笑んでいるけれど、どこか悲しそう。
「そんな家族の中に、秋君が加わったわ。あの子、すっごく強い力を持っているの。ヘドロみたいに引っ付いているドロドロした感情なんか、あっと言う間に浄化させちゃうんだから。だから、なるべく梅吉にひっついてなさいって、言い聞かせていたのよ」
「… 三鷹君は?」
そうよね美世さん、気になるわよね。あの男、完全に桜雨ちゃんのストーカーだものね。
「桜雨ちゃんが構っていれば大丈夫。それこそ、守護のオーラを人の100倍は出して、桜雨ちゃんを守ってるわ。これは、他人を傷つけないの。でも、長く会えなかったり、放れている時に桜雨ちゃんに何かあると、その守護力は一転して攻撃的になるわ。桜雨ちゃんに近づく者は、排除しようとする。
そんなのも、秋君は緩和してくれるのよ」
「秋君、スーパーワンコじゃん」
高橋、その通り。
「でね、最近、出所不明の嫌なオーラが、桜雨ちゃんや桃華ちゃんに付きまとっていたのよ。いつもってわけじゃないんだけど、気が付くと纏わりついてて… 恋愛感情とも、ちょっと違うのよね。でも、危険なオーラ。
それが、一昨日あたりから、双子君達にもまとわりつき始めたから…」
「俺の出番ってわけっスか」
その通り。ちゃんと仕事して、偉いわ。
「あんたのクマさんには、内緒にしてくれたわよね?」
腕が立つと言っても、高橋だって女の子ですものね。小学生の護衛なんて聞いたら、恋人としては心配よね。
「… あー」
苦笑いのその顔は…
「言ったわね?」
「さーせん。俺、秘密って無理っス。あ、でも大丈夫です! ちゃんと説明して分かってもらったし、明さんも気を付けて見ててくれるって。こういう時、『目』は多いい方が安心でしょう? 体が大きいからそれだけで威嚇になるし、信頼できる人だし、皆にも紹介済みだし… 嘘をついたり、内緒ごとは嫌なんで」
私が少し睨むと、焦って弁明を始めたけれど… まぁ、一利あるわね。
でも、こうも惚気られるのもねぇ…
「分かった、分かったわよ。」
「ありがとう。でも、なんでそこまでしてくれるの?」
『そこまで』か…
「私を助けてくれた家族だから。私にとって、一番愛に溢れた家族だから。宝物なのよ」
宝物は、いつまでも綺麗に輝いていて欲しいもの。
「じゃぁ、貴方も自分の事を大切にしてね。私達の『ファミリー』なんですから。高橋さん、あなたもね」
そう言って、仕事に戻る美世さんがとてもカッコよくって… やだ、私、惚れちゃうかも。ダメダメ、美世さんは人妻なんだから!
「店長―、スマホ、鳴ってます」
やだ、美世さんに見とれて、気が付かなかった。
「はい、坂本。… 落ち着け、梅吉」
LINE電話に出た瞬間、酷く焦った梅吉の声に思わず私の声も低くなって、高橋の食事の手は止まるし、美世さんもこっちを振り返っちゃったわ。