■その158 修学旅行・平和公園2■
その人は、どこにでもいる男の人でした。少し伸びた白髪交じりの黒髪、黒縁の眼鏡、中肉中背、カーキ色のスプリングセーターにジーンズと、どこにでもいる男の人です。その人が、主達に声をかけてきました。
「こんにちは。この子、お母さんを探しているようなんですけど?」
主はクロッキー帳等をササっとしまって、
「あっちの車にいるんです。さあ、おじちゃんと行こうか」
男の人が一歩出ると、秋君が姿勢を低くして、歯をむき出して唸り始めました。
「大変失礼ですが、身元を確認できるモノをお持ちですか? この子、貴方を見て、凄く怯えているんで」
桃華ちゃんがそう言うと、男の人は大きく舌打ちをしました。
「困るんだよな、そう言うの。こっちだって仕事だって言うのに…。ああ、時間に遅れるじゃないか。困るんだよ、本当に…」
急にイライラし始めたその人は、セーターをめくって腰に挟んでいた警棒を出して、一振りして伸ばしました。
「ちょっとちょっと、うちの可愛い生徒に、そんなものを向けないでくれますかね?」
「うわっ!」
その男の人は、後ろから忍び寄って来た背の高い人に、簡単に抑え込まれてしまいました。
「「… 小暮先生」」
「やあ、子猫ちゃん達」
小暮先生は梅吉さんによく似た笑顔で片手を上げて、主達に挨拶をします。そして、抑え込んだ男の人の手から警棒を取り上げて、主に投げて渡しました。
「どうして、小暮先生が?」
主、ナイスキャッチです。
「お手伝いで同行していた2年の先生が、今日中に帰らないといけないんで、交代に来たんですよ。ホテルに向かうはずだったんですけれどね、資料館で気分の悪くなった生徒が数名でたらしくて、東条先生と高浜先生がいないから、笠原先生と水島先生が対応しているらしいんですけれど、人手が足りないからこっちに来いと連絡を受けたんですけれど… こっちに来て、当たりでしたね」
小暮先生は何とか逃げようとする男の人のギリギリと締め付けて、片手でスマートフォンを出しました。
「ありがとうございます。先生、この子…」
桃華ちゃんが、女の子の事を話そうとした時でした。タイヤをキュキュキュキュッと鳴らしながら、一台のワゴン車が桃華ちゃんの後ろに停まりました。
「桃ちゃん!!」
「
それはあっという間でした。桃華ちゃんの真後ろに停まったワゴン車のドアが開いて、太い腕がにゅっと飛び出してきて、和桜ちゃんと桃華ちゃんを一気に抱き上げて車の中に連れ込んでしまいました。主の反応も素早くて、その太い腕を掴もうと警棒を放して手を伸ばします。けれど逆に、車から伸びて来たもう一本の腕に掴まれて、主も車の中に引き込まれてしまいました。
「… しまった!」
小暮先生が悔しそうな表情をした時には、車のドアは閉まって、走り出してしまいました。それぐらい、あっと言う間でした。
「先生、あんたは自分の身の心配をした方がいい。この現場を見られて…」
小暮先生に抑え込まれた男の人が、うっすら笑いながら言います。
「黙れ。いいか、あの二人に何かあったら、お前の首は体とサヨナラだ」
男の人の話は、首元に付きつけられた冷たい感触で止まりました。小暮先生は聞いた事のない怖い声で、男の人の喉元に押し付けた折り畳みナイフを、少しだけ引きました。男の人は、喉にピリピリした痛みと恐怖で口を閉じて、抵抗するのを止めました。
「… 時間の勝負か」
そして、小暮先生はスマートフォンをジャケットの上着から出すと、どこかに連絡をします。連絡をしながら、石畳に落ちている警棒と、キラキラお日様の光を反射している何かの破片を見ていました。