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第154話 修学旅行・グラバー園1

■その154 修学旅行・グラバー園1■


 修学旅行2日目の今日は、自由行動日。スタートは、グラバー園からです。

 東シナ海へと続く長崎港や、緑鮮やかな稲佐山をはじめとする山々、歴史を感じる町並み… 特に、旅行客に人気なのは、旧三菱重工造船所第2ドックハウスのベランダからの眺めらしく、主は言葉も忘れてクロッキー帳に色鉛筆を走らせていました。ほかにも、旧リンガ−住宅前庭、旧グラバー住宅前からの景色。南山手の丘から観える洋館や港や山々は、目の前にパァーっと広がって、桃華ももかちゃん達は爽快感を味わいながら、心地よい風が運んでくれる異国の香りを堪能していました。


 主の手は、移動するたびに、せわしく動いています。長くても3分ぐらいですが、他のグループより進みはゆっくりで、いつの間にか最後尾になっていました。なので、チェックポイントで生徒を確認していた三鷹みたかさんや笠原先生も、主達と一緒に動けました。主達より後に通るグループ、居ませんからね。それでも、桃華ちゃんも、松橋さん達も文句を言うでもなく、皆ゆっくりといつもと違う空間を楽しんでいました。皆、交代で秋君を抱っこしながら。佐伯君は、そろそろお腹が空き始めたようですけれど。


僕の主の桜雨おうめちゃんは、スポンジカーラーでフワフワになった髪の毛を、クルンとお団子に纏めて、薄いオレンジ色の大小の鬼灯が垂れ下がった金色のかんざししています。

剥き出しになった白い首筋や、それを隠すかのように零れている後れ毛おくれげが、太陽の光で金色に光っていて… 三鷹さんにとって、それは『目の毒』だったみたいです。道端に咲いているお花を、しゃがみ込んでクロッキーする主の背後にそっと立って、お団子を止めている簪を取りました。フワフワの髪の毛がバサッって解けても、主は気が付きません。三鷹さんは、主の髪をハーフアップのお団子にして、簪で止めました。


「なぁ、白川の髪、何であんなにフワフワしてんだ?シャンプーして、抜けた秋君の毛みたいだな。色はだいぶあかるいけど」


「お、大森さんが、スポンジカーラーで、ま、巻いてたの。お、お部屋でク、クロッキーし始めてから巻いたか、から、気が付いたのは、ね、寝る前だったみたい」


 景色の写真を撮っていた松崎さんが、答えます。


「へー、女の髪って、面白いのな」


「あら、男の人の髪でもできるわよ。長ささえあれば」


 パンフレットを見ながら、大森さんが言います。佐伯君も近藤先輩も、メチャクチャ短いですもんね。


「ってか、白川だけじゃなくて、今日は皆、何か違うよな?… キラキラしてるっつーか、可愛い?」


「俺も、思ったんだが… 口に出して言っていいのだろうか? うちの女子部員は、事あるごとに『セクハラです!』って言っていたから…」


 佐伯君、近くの田中さんや松崎さんをジロジロ見ながら、首を傾げました。近藤先輩は、控えめに、チラチラと松崎さんを見ています。松橋さん、今日はおさげじゃなくて、編み込みポニーテールです。


「年頃の女の子なんだから、自分が好意を持っていない相手以外から外見を褒められたって、気持ち悪いだけに決まってるじゃん」


 大森さん、パンフレットからチラッと視線を上げて佐伯君と近藤先輩を見ました。


「今日はね、皆キラキラしてますよー。なんてったって、私が顔から髪からいじったんですもん。メイク道具も色々持って来たし、カーラーとクルクルアイロンだって持って来たし。せっかくの旅行なんだから、可愛い方がいいでしょ?」


あー… だから、あの荷物の量なんですね。納得。


「ねぇねぇ、このハートストーンって、探さない?」


 大森さん、見ていたパンフレットのページを、皆の方へと向けました。


「石畳の中に埋め込まれたハート型の石…『カップルでこの石に手を重ねると幸せになれる』『この石に触れて願いごとをすれば恋がかなう!』とか、恋愛成就の伝説がある… 恋のパワースポット… じゃぁ、探してみましょうか」


 フムフムと、大森さんが指さした所を読み上げた田中さんは、すんなりと賛成しました。大森さんは、田中さんには反対されると思っていたので、ちょっとビックリした顔をしています。


「ひとつは旧グラバー住宅前、か… で、あと一つが、明かされていないのね」


 桃華ちゃんもパンフレットを読んで、チラッと笠原先生を見ました。


「先生、時間は気にしなくても?」


「ええ。チェックポイントを設けているのはグラバー園だけですので、ここを出たらホテルに到着する時間が遅れなければ、問題ないですよ」


 桃華ちゃんの質問に、笠原先生は腕時計で時間を確認して答えました。

11:30。近藤先輩と佐伯君のお腹は、さっきから鳴りっぱなしです。


「とりあえず、探しながら中心エリアに向かいましょう。そこに、カフェがあるようだから、軽食でもいいからお腹に入れましょう」


 佐伯君のお腹から、ひときわ大きな音が響いたので、田中さんがクスクス笑いながら提案しました。

 中央エリアにあるカフェは、店内はもちろん、外にもテーブル席があるので、景色を楽しみながら食べることが出来ました。主達はソフトクリームや暖かいスープでお腹を満たしましたが、佐伯君や近藤先輩はピザフリッタやスパゲティヌードルを食べていました。


「梅吉兄さん、全然姿見えないけれど、生きてる?」


 桃華ちゃんは、ソフトクリームです。


「A・B組の普通科コースは長崎。C・D組の進学コースは北海道。E・F組のスポーツ科はニュージーランド。G・H組の商業科は京都・大阪。2日づつ出発日をずらしてはいますが、これだけの生徒が2泊3日の校外学習に出るわけです。中等部から教員の応援もありますが、引率人員しては出来ればもう2人程欲しい所ですね」


「つまり、兄さんは死ぬほど忙しいと」


 笠原先生は、クラムチャウダーを味わいながら言いました。


「高浜先生と組んでいますから、死ぬことはないですよ。まぁ、帰ったら、梅吉の好物を沢山作ってあげれば、泣いて喜びますよ」


「素うどん? 安上がりな兄だわ~」


 桃華ちゃんはちょっと呆れながら、ソフトクリームを頬張りました。



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