■その153 修学旅行・夜のお楽しみ2■
各部屋の点呼が終わって、就寝時間が過ぎて… 秋君が丸まって寝る頃には、主達もお布団の中です。ただ、修学旅行の夜なので、8人分のお布団を円形に並べて、クラスの女子皆で顔を合わせてお喋りしています。もちろん、電気は消えてますよ。
隣の部屋のお友達にも声をかけて、まだ寝ていなかた子達が集まりました。1つの布団を2人で使っていたり、場所によっては3人だったり… 合計19人分の頭がまーるく並びました。もちろん、主と
円の真ん中には、大森さんがお土産で買ったステンドグラスのランプが、ピカピカと光っています。皆の手元には、暖かな湯呑。中身は、美世さんが持たせてくれたカモミールティーです。カステラ、よりより、ポテトチップ、チョコレート… お菓子もあります。
「でもさ、うちのクラスは当たりだよね」
「当たりって?」
お友達の言葉に、桃華ちゃんが聞き返します。
「担任も副担も、カッコいいじゃない。話も分かるしさ」
「重度のシスコンだけどね」
桃華ちゃん、思わず突っ込みます。
「シスコンだっていいのよ、顔が良いんだもん」
「そうそう、面白いし」
「見てて、飽きないよねー」
お友達たちは、キャッキャ言いながら、お菓子を摘まみます。
「笠原先生もさ、ネチネチ言うけど、うちらの事を思っての事だって分かるし、頭ごなしに反対することないしね。ネチネチしてるけど」
「水島先生の授業、丁寧だよね。字も大きくて丁寧だから、とっても分かりやすいし。ただ、声がねぇ… メチャクチャ小さいから、すんごく集中しなきゃだけど」
ここで、皆の視線が主に集中しました。
「で、白川さん、水島先生とはどうなの?」
「ん? どうって?」
お友達に聞かれて、主はカモミールティーを飲みながら聞き返しました。
「だから、付き合っているんでしょ?」
「水島先生、白川さんに何かあると、すっ飛んでくるもんね」
「どこまで進んでるの?」
「んー、どこまでって言っても、私、まだ子どもだから」
主は困ったように笑って、答えました。
「学生の内は、進展することないでしょう。ドラマの見過ぎよ」
田中さんが、呆れた声で言います。
「でも、水島先生、白川さんちの近所に住んでいるんでしょ? 白川さんちのアパートに。結構、行き来してるって、誰かが言ってたわよ」
パリパリパリパリ… ポテトチップスの消費が、一番早いですね。
「まぁ、食費貰っているから、お昼のお弁当もそうだけれど、朝食や夕飯も提供してるからね。でも、それは笠原先生も佐伯君も一緒よ」
桃華ちゃんは、スマートフォンをいじりながら言います。
「それに、白川さんのお父さん、メチャクチャ娘大好きなのよ。手なんか出したら、さすがの水島先生も殺されると思うわ」
大森さんは、自分の爪にマニキュアを塗りながら言いました。
「やだ、大森さんが言うと、冗談に聞こえない」
「白川さんのお父さんて、文化祭に来てた… 目つきの怖い人だよね?」
「そうそう。喧嘩、メチャクチャ強いらしいよ。それに、東条先生や笠原先生が、目を光らせてるよね~。卒業するまでは、先生と生徒の関係を貫きなさいって。凄くない?」
大森さん、意外とちゃんと見てるんですね。主も桃華ちゃんも、意外な顔で大森さんを見てますよ。
「うわー、水島先生、よく我慢できるよね? どっかで、息抜きしてたりして。あ、浮気とかじゃなくて… まぁ、その…」
お友達は素直な感想を口にした後で、主を見てしどろもどろに弁解しようとしていました。
「いい大人だからねー。私も、大学生の彼氏には『息抜き』されてたよ。まぁ、『息抜き』が『本命』になっちゃったんだけどさー」
大森さんが軽―く言いながら、ポーチを持って、お布団から出て来ました。
「私、水島先生は、『息抜き』もしないと思うな」
大森さんは主の前に座ると、湯呑に添えている左手をチョンチョンと触りました。主が左手を出すと、大森さんはポーチを開けて、主の爪をいじり始めました。
「水島先生は、白川さんじゃないと駄目なんだと思うよ」
「純愛」
「いや、重すぎない?」
大森さんの言葉に、お友達たちは口々に言います。
「でも、少しぐらいは… 何かないの?」
「ないわよ。あったら、おじ様や兄さんより先に、この私が刺すぐらいしてるわ」
桃華ちゃん、メチャクチャ声が怖いです。声どころか、表情まで… 綺麗な顔してるんですから、怖さ倍増ですよ。
「そうでした。東条さんも、白川さん大好きだもんね」
「当たり前じゃない」
「でも、水島先生て、あの水島総合病院の長男なんでしょ? 学校の先生になったから、跡取りはしないだろうけど、全くの無関係ってわけにもいかないんじゃないの? 腕利きの女医さんと、お見合いとかあったりして…」
「経営だけなら、医師免許なくったっていいんじゃないの?」
「でも、女医さんか、他の大きな病院の跡取り娘とお見合いなんてのは、あるかもね」
「えー、それじゃぁ、白川さんはどうなっちゃうの? 遊ばれて終わり?」
「それこそ、結婚と恋愛は違うなんて言うじゃない」
「本命と…」
お友達の話しがノリにノリ始めた時、桃華ちゃんの声がピシャリと響きました。
「くだらない。本当、ドラマの見過ぎ。
シィィィ… ン
「皆、心配してくれて、ありがとう。でも、大丈夫、水島先生は私のストーカーだから」
大森さんが、主の爪をやっている小さな小さな音だけの部屋に、主のいつもの声はとてもよく広がりました。天使のようにニッコリ笑う表情と、おっとり発せられた言葉のアンバランスさに、お友達は更に顔色を無くしました。
「はい、出来た」
タイミングよく、大森さんの作業が終わりました。
「あ、カエルの王子様」
左手の人差し指の爪に、桜の花が付いた王冠を被った、カエルの顔がありました。主は嬉しそうに見ています。
「お礼は、ジュース一本でいいわよ」
ウインクする大森さんに、主はニコニコしながらお布団から出ました。
「他に、ジュース欲しい人?」
桃華ちゃんもお布団から出ると、軽くため息をついて聞きました。10人程の手が上がったので、お財布と一緒に折りたたんだエコバックを持って出ました。主、スポンジカーラーを付けたままです。
お宿の廊下は人気がなくて、大浴場を利用している人も少ないみたいです。大浴場前に、3台ほど自動販売機があります。主と桃華ちゃんは、その3台からジュースを選んでいました。
「大丈夫、桜雨?」
「何が?」
適当に… 桃華ちゃんは『お汁粉』・『青汁』・『エンドウ豆ポタージュ』のボタンを押しました。
「… さっきの話」
「気にならないわけじゃないけれど… 正直言って、万が一の事が起こってみないと、わかんないなぁ~。今は、私が
主は取り出し口から3缶を取って、エコバックに入れました。
「あら、強気」
ちょっと、ほっとした桃華ちゃんです。
「えへへ。三鷹さんが、ちゃんと気持ちを伝えてくれてるからだよ。でも、私が直ぐにキャパオーバーになっちゃうけど。… やっぱり、子どもだよね」
苦笑いしながら、『グレープフルーツ』のボタンを押そうとした時、後ろからニュッと出て来た指が、『珈琲』を押しました。
「寝ないと、肌、荒れるんじゃないのか?」
三鷹さんの顔が、主のすぐ横に来ました。
「三鷹さん…」
耳元で三鷹さんの声を聞いてドキドキしちゃった主は、そのまま固まっちゃいました。
「女子会はいいですが、程々にしてくださいよ。明日は、今日より歩きますから」
桃華ちゃんの横で、笠原先生が『珈琲』のボタンを押しました。
「… あら? 兄さんは?」
いつもなら、梅吉さんが居るはずなんですけれどね?桃華ちゃんがキョロキョロしても、梅吉さんの影も見当たりません。
「高浜先生に、まだ怒られていますよ。というのは冗談で、明日の日程の確認です。手伝いますよ」
言うと、笠原先生は固まっている主の手からエコバックを取ると、桃華ちゃんを促して部屋に向かいました。
「今日は、沢山描けたか?」
三鷹さんは『苺ミルク』を買うと、主にくれました。直ぐ後ろにある、3人掛けの藤の椅子に座って、二人とも缶を開けました。
「はい。クロッキー帳、1冊終わっちゃった。明日も、いっぱい描けるといいな」
「そうだな。… 俺は、今の桜雨の姿を描きたい」
そう言って、三鷹さんは素早くスマートフォンで1枚、写真を撮りました。
「… ビックリした。っくシュン!」
驚いたついでに、クシャミです。
「冷えたか?」
三鷹さん、直ぐにパーカーを脱いで、主の頭からスッポリと被せました。
ブカブカです。めちゃくちゃ、ブカブカです。三鷹さんは、Tシャツ一枚です。
「暖かい」
三鷹さんの温もりと匂いに、主はうっとりしながら、苺ミルクをちょっと飲みました。そんな主を、三鷹さんはすかさずパシャパシャパシャパシャ!… 今度は連写です。
「さ、部屋に戻ろう」
「パーカー、着て戻れないよ?」
三鷹さん、満足したんでしょうか?腕時計で時間を確認して、立ち上がりました。
「あれだけ言われたんだ、ストーカーの証拠に見せてやれ」
「何で、知ってるの?」
ビックリした主に、三鷹さんはスマートフォンを見せながら、ちょっと唇の端を上げました。
「文明の利器、と言ったとこだな」
「あ、グループLINE通話!」
そう言えば、桃華ちゃんが何やらいじっていましたね。
「明日、起こしに行こうか?」
「大丈夫です。早起きは慣れてるし、お部屋には他の子も居るんだから。女の子の寝起きは、見ちゃ駄目よ」
そう言って、部屋に向かって歩き出した主ですが、髪に巻いたスポンジカーラーの存在を思い出したのは、部屋に戻ってお友達に言われてからでした。もちろん、自分のパーカーを着て、カーラーを巻いた主の写真は、三鷹さんのスマートフォンの待ち受けになりました。