■その152 修学旅行・夜のお楽しみ1■
皆さんこんばんは、
主達は、軍艦島を堪能した後、近くの大きな公園を散策して、今夜のお宿に到着しました。今日は、朝が早かったので、夕方前にはお宿です。夕飯は、2クラス揃って大宴会場で正座してお膳で頂きました。お風呂は自由時間中に、大浴場で自由に入れました。お部屋は8人で一部屋の畳です。
「軍艦島だけって、つまんなーい」
大きなカーラーを髪に巻いて、圧縮靴下を履いて、お顔にパックをして、フリフリのパジャマ姿の大森さんは、のび~って体を大きく伸ばして後ろに寝っ転がりました。畳って、こういう時にいいですよね。
「レクリエーションもあったでしょう? 軍艦島は船に乗るんだから、海との関係もあって時間を多めに取ったんじゃないかしら? 予定通り乗船できたから、軍艦島もゆっくり見れたし、それに、今時間に余裕があるのは、正直助かるわ」
田中さんは荷物の整理をしながら言いました。田中さんのパジャマは、グレーのスエットです。
「そうねー。やっぱり、朝が早かったし、なんだかんだ疲れてるから、夕食後にゴロゴロ出来るのはうれしいなー」
って、
「あ、明日は、朝、朝から、グラバー園ですね」
「ま、確かに、ゆっくりできるのは良い事か」
松崎さんはガイドブックを広げて、お土産屋さんのチェックです。大森さんはコロンと起き上がって、開きっ放しのスーツケースの中から少し大きめのポーチを持って来ました。スーツケース、一回開けたら、閉まらなくなっちゃったんですよね…。明日の朝、宿の移動があるのに、どうするんですかね? また、近藤先輩にギッチギチに詰め込んでもらうんですかね?
「誰かー、爪貸して~」
「あ、やってやって~」
大森さんの一声に、お友達が2人手を上げました。テーブルの上に、ポーチの中身が広げられて、小さな小さなネイルサロンが始まりました。
そんな部屋の中、僕の主はというと… 桃華ちゃんとお揃いのパジャマに、髪にはソフトボールカーラーが巻かれた姿で、夜景を一望できる大きな窓際に居ました。大きな藤の椅子に膝を立てて座って、クロッキー帳に色鉛筆でガシガシ描いています。
「白川さん、本当に上手ね」
主が書いているのは、秋君とゴロゴロしている桃華ちゃんでした。お友達が後ろから覗き込んで声をかけても、動じません。
「これ、描き終わったヤツ? 見せてー」
お友達は目の前の、藤のローテーブルに置いてある小さなクロッキー帳を手に取って、パラパラ見始めました。そこには、朝の空港・飛行機・搭乗風景・飛行機の中・港・船の中… と、今日一日の風景や皆の表情が沢山書き込まれていました。色はカラーだったり、単色だったり、その時の主の気分で違うみたいです。
「… すごっ! これ全部、今描いてるの?」
「まさか。スケッチじゃなくってクロッキーだから、1枚描くのに時間をかけても3分ぐらいなんですって。先生の説明聞きながらとか、休憩時間にシャシャシャーって、描いてたわよ。
桃華ちゃん、今度はストレッチを始めました。
「はぁー… 筆が走るって、こういう事をいうのかぁ」
お友達の感嘆の溜息と同時に、主のクロッキーが終わりました。
「あ、ごめんね。集中してて聞いてなかったの。なあに?」
「大丈夫。絵を見せてもらってただけだから」
後ろのお友達に気が付いて慌てた主に、お友達は片手おヒラヒラさせながら言いました。そして、次のページをめくって、首を傾げました。
「… これ、軍艦島だよね? こんな子ども、居た?」
「どれ?」
ネイルをしている大森さんと、してもらっているお友達以外が、主のクロッキー帳を囲みました。
そこには、廃墟の中、今にも崩れ落ちそうなブロック塀に向かって、歩いていく二人の子どもが描かれています。おかっぱ頭の、色褪せた赤いスカート姿の女の子と、その子より少し背の高い、坊主頭で半ズボンの男の子。2人は仲良く手を繋いでいます。女の子は、隣の男の子を見上げています。その横顔が、とても嬉しそうに描かれていました。
「… 軍艦島、今日はうちの学校の貸し切りって聞いてたけど」
「ってか、春って言っても、この格好は寒いわよね?」
「… なんだか、恰好が昭和の初め」
皆、ごくっと唾を飲み込んで、主を見ました。
「迷子だったみたい。お兄ちゃんと、かえれたと思うよ」
ニコっと微笑む主を見て、皆は反射的に絵に視線を戻しました。すると…
「… なにこれ」
「… こんなの、描かれてなかったよね」」
「ってか… まだ増えてるよ」
クロッキー帳に描かれた2人の周りに、色とりどりの花が描かれていました。それはまるで生えたように、皆の前でシュルシュルと線が勝手に描かれて、ポン! と花になりました。田中さん、驚いて卒倒しちゃいました。桃華ちゃんと松崎さんは、興味津々で見つめてます。
「… や、やだ、白川さん、手品出来るの?」
クロッキー帳を持っていたお友達が、そっとテーブルの上に置くと…
「あ、きっと、かえれたんじゃないかな?」
ひときわ大きなお花が描かれました。その上に、小さな小さなカエルが描かれて… 終わりました。
「わんわん」
秋君はクロッキー帳に描かれた2人の子どもと、小さな小さなカエルを、優しく優しく前足で撫でていました。
「失礼しますよ」
ドアの所から少し大きめの男の人の声がして、主とネイルをしている2人以外、飛び上がる位驚きました。心臓、バクバクしてますね。
「笠原先生だよー。誰か、行ってー」
動けない大森さんの一言に、桃華ちゃんが動きました。
「はいはい。先生、点呼ですか?」
「ノックはしましたよ。百物語でも? 皆さん、居ますか? 変わりはないですか?」
出入り口への
「百物語… まぁ、似たような感じかな? 皆、居ます」
「はしゃぐ気持ちは分かりますが、そこそこにして寝てくださいね。寝不足は、美容と健康の敵だそうなので」
「はーい。じゃぁ、おやすみな…」
ペコっと、頭を下げようとした瞬間、笠原先生の唇が、桃華ちゃんの右のほっぺたに軽く触れました。
「!!」
ばっ! と、ほっぺたを押さえて、顔を真っ赤にしてビックリする桃華ちゃんに、笠原先生は意地悪く笑いました。
「あとで、LINEします」
そう言って、笠原先生は部屋を出ていきました。桃華ちゃんは、そっと右のほっぺに手を添えました。