■その151 修学旅行・還るのを待つ子■
皆さんこんにちは、ワンコの秋君です。ボクのご主人様は、学校の先生の
『修学旅行に付いて行って、皆を守ってあげてね』
って、ボクに言ったんです。だから、いつもみたいにご主人様の荷物に入っていたんですけど、出されちゃいました。何回もチャレンジしたんですよ。でも、何回もご主人様に見つかっちゃって… でも、ご主人様が車で行っちゃう時、お友達のトウリュウ君とカコ君が、ボクを荷物の中に入れてくれました。吠えたら見つかっちゃうって分かってますから、じーっと大人しくしてましたよ。そしたら、バッグを開けてくれたのは、オウメちゃんでした。
「兄さんたら…『僕、この子が居ないと飛行機に乗れないんです。高所恐怖症で、過呼吸をおこして… この子が居ないと駄目なんです。アニマルセラピーってあるでしょう?この子、それなんです』って、秋君を客室に入れちゃうんですもの」
モモカちゃん、それなんですか? お空から降りた時、買ってましたね。茶色くて、ねじねじしてて… なんだか、硬そうですね?
「梅吉兄さん、すっごい勢いだったね。係の人、メチャクチャ引いてたよね。あ、秋君は、『よりより』食べれないわよね? 原材料は小麦粉、砂糖、塩、水… 油で揚げてるから、やめとこう。後で、オヤツあげるからね」
オウメちゃん、ボクはおねだりしてませんよ。ちゃんと、待て、出来ますよ。皆が食べてるの、『よりより』って、お菓子なんですね。
「東条先生、夜は高浜先生のお説教でしょうね」
タナカさん、ウメヨシさんでしたら、さっきオジサンの先生に怒られてましたよ。
「で、でも、秋君は本当にお、お人形さんみたい」
松橋さん、ありがとうございます。ボク、良い子にできますもん。
「秋君、良い子だもんね」
オウメちゃんが、ニコニコしながら頭をナデナデしてくれるのが、気持ちいいです。通り過ぎる潮風も、気持ちいいですね。
そうなんです。お空を飛んだと思ったら、今度は海の上なんです。ちょっと下を見ると、ザザンザザン! って、青い海に白い波を立てて船が進んでいて、上を見るとニャァーニャァーって、白い鳥が飛んでます。鳥なのに、猫みたいな声ですよ?
「秋君、上も下も気になるの? 落っこちないでね」
オウメちゃんがクスクス笑いながら、ボクを抱きなおしてくれました。
「いつもみたいに、兄さん達誰かのフードの中だと、落ちちゃうわね」
「お仕事もあるしね」
フードの中、暖かくって気持ちいいんですよ。
「あー、見えたよ!」
大森さんが、海の向こうを指さしました。
「あれが…」
「軍艦島ね」
小さいですが、海の上に建物が見え始めました。
「軍艦島の愛称で呼ばれているのが、長崎県長崎市にある島の
ボク達は、海の中にある島に付きました。ゾロゾロゾロゾロ… お隣のクラスも一緒に、皆で歩きながら見て回ります。タナカさんは、本も無いのに、スラスラ説明できて、凄いです! 緑がとっても少なくて、コンクリートの灰色がたっくさん見えます。
「世界文化遺産に登録されたのはいつ?」
あ、ウメヨシさん。
「2015年ですね。正確に言えば、軍艦島を構成遺産に含む…」
タナカさん、流石です! でも、オウメちゃんはタナカさんのお話しより、気になる物があったみたいです。崩れたコンクリートの建物の間を、フラフラ進んで行きます。皆から放れちゃって、いいのかな?
「わうん?」
「… 秋君、誰かが泣いてるよ」
泣き声ですか? でも、一人で動いたら、ご主人様やモモカちゃんが心配しますよ?
「… あの子、迷子かな?」
今にも崩れちゃいそうなブロック塀の前に、小さな女の子が居ます。本当だ、泣いてます。
白いシャツに、色褪せた赤いスカート、おかっぱの髪の毛、小さなお顔を両手で隠して、静かに泣いてます。だけど、あの子は…
「どうしたの? 転んじゃった?」
オウメちゃん、ボクを抱っこしたまましゃがんで、その女の子を下から覗き込むように声をかけました。
「うううん…」
女の子は、小さく頭を振りました。
「どこか、痛いの?」
「うううん…」
オウメちゃん、この子…
「迷子?」
「迷子じゃないけど、ちゃんと帰れるか、分からないの」
「お姉ちゃん、送ってあげようか?」
オウメちゃん、オウメちゃん、この子は…
「お兄ちゃんが、ここで待ってろって。お兄ちゃんと、一緒に帰る約束したの」
「お兄ちゃんが遅くて、不安になっちゃった?」
「… うん」
女の子は、顔を両手で覆ったまま、初めて頷きました。
「お兄ちゃん、好き?」
「好き」
「お兄ちゃん、いつもお約束、守ってくれる?」
「うん」
オウメちゃん、嬉しそうに『そう』って言うと、背中のリュックから小さなポーチを出しました。桜色のポーチから、小さな小さな、小指の爪ぐらいのガラスのカエルを1個、取り出しました。
「お手々、出して」
「…」
「はい」
まだ、少し泣いてる女の子は、それでもオウメちゃんに言われて、右手だけ出しました。小さな手のひらに、オウメちゃんはガラスのカエルを置きました。
「これ、なぁに? カエル?」
あ、女の子が泣き止んだ。
「そ、カエルさん。カエルさんはね、『ぶじカエル』って言って、怪我しないでちゃんとお家に帰れますように… って、不思議な力があるんだよ。お兄ちゃんがお迎えに来たら、お兄ちゃんと手を繋いでいつもみたいに歩けば、ちゃんとお家に帰れるよ。大丈夫、大丈夫」
「カエルさん… くれるの?」
女の子が、オウメちゃんを見ました。ほっぺたにお肉がないから、黒い目が大きく見えます。
「もちろん、あげるわ。だから…」
「〇▲×」
たぶん、名前なのかな? よく聞き取れなかったけど、女の子が後ろを振り向くと、その子より少しだけ大きな男の子が居ました。坊主頭で、女の子と同じ白いシャツに、半ズボン。
「お兄ちゃん」
女の子が嬉しそうに駆け寄ると、オウメちゃんがようやく立ち上がりました。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「二人とも、気を付けてね」
オウメちゃんに手を振る女の子と、その横でペコってお辞儀をした男の子に、オウメちゃんはニコニコしながら小さく手を振ります。女の子と男の子は、仲良く手を繋いで歩き出して… 消えちゃいました。
「わん」
「うん… 消えちゃった」
オウメちゃんは、ちょっとビックリしたみたいです。だから、ボクはさっきから言おうとしてたのに。あの子、実体じゃないですよって。
「あー… そうかぁ。うん、還れたよね?」
あの子達がどんな子だったか、ようやく分かったみたいで、オウメちゃんはちょっと寂しそうに言いながら、ボクをぎゅってしました。
「桜雨、ここに居たのか。ここはルートに入ってない。いつ崩れるか分からないから…」
さすが、ご主人様。一番にオウメちゃんを探しに来ましたね。
「ごめんなさい、三鷹さん。また、高浜先生に怒られちゃう?」
「いや、先生達は気が付いてないから、大丈夫だ。さ、皆の所に戻ろう」
ご主人様、逃がさないつもりですね。がっしり、オウメちゃんの肩に手を回しました。
「はーい」
「… 何か、あったのか?」
歩きながら、ご主人様が聞きます。
「うん? お兄ちゃんのお迎え待ってる子と、少しだけお話ししてたの」
「子ども?」
「うん。仲良しだったよ」
オウメちゃんが御機嫌に答えるけれど、ご主人様はちょっと困ってます。
だって…
「今日は、うちの学校の貸し切り…」
「うん。でも、居たのよ。2人一緒だから、ちゃんと還れたと思う」
「… そうか」
ご主人様、察しましたね。ボクを見て、頷かないでください。