■その147 新たな店子さん、いらっしゃ~い(中)■
「あ、来たみたい」
2トントラックのロングが、こちらに向かってきました。その横から、赤い自転車に乗った小柄な人が、トラックよりも先に主達の前に停まりました。主と同じぐらいの身長で、ちょっと癖のある黒のショートボブに、黒のパーカー姿。
「おはようございます。今日はせっかくのお休みなに、ごめんなさい」
自転車を下りて、主達に深々と頭を下げたのは
「サクさん!!」
主達がお世話になっている、理容室のスタッフの高橋さんでした。
高橋さんの少し後ろでトラックが止って、中から縦にも横にも大きな人が出て来ました。サッパリと刈られた黒いベリーショート、太い眉とそのすぐ下にあるつぶらな瞳。がっしりした顔のラインと、大きくて厚めの唇。その割には、小ぶりで筋が少し曲がっている鼻。横に大きいと言っても、
「初めまして、
「この人、少し前までタクシーの運転手さんだったの。でね、クリスマスの前日、
大きなクマさんが体を小さくしてお辞儀をすると、ジャージ姿の梅吉さんがトラックから出て来て、皆に工藤さんを紹介しました。
「そうだったんですね。ありがとうございます。
主がペコっと頭を下げると、工藤さんは膝をついて背中を丸めて、主の視線と同じ高さに合わせました。
「風邪をひかなくて良かった。皆の話は、さくちゃんから聞いてます。これから、僕もよろしくお願いします」
工藤さん、とってもホンワカしていて、優しい笑顔です。でも、後ろで三鷹さんが怖いオーラーを出してますよ。
「明さん、その子小さいけど小学生じゃないから、高校生。で、あんま見つめてると、保護者にボコボコにされっから」
高橋さんが、ポンポンと工藤さんの肩を叩きながら、後ろの三鷹さんに目で謝っています。
「工藤さん、つい先日タクシーの運転手を辞めて、そこの保育園の先生になったんだ。皆、宜しくな」
高橋さんに促されて立ち上がると、工藤さん、ここに居る誰よりも大きいです。絶対、クマ先生って呼ばれてますよね?
「そう言えば高橋さん、新年会の時、恋人の名前『明さん』って… この人ですか?」
大森さんがビックリしたように、工藤さんを見上げました。確かに、胸はありますね。… とっても立派な筋肉。
「こ、こい… う、うん」
高橋さん、大森さんに聞かれて、工藤さんと顔を見合わせた瞬間、耳まで真っ赤になっちゃいました。
「高橋さん、ゲイだったんだー」
ショックというより、ビックリしている大森さんに、主が笑いながら言いました。
「あ、サクさん、女性だよ。よく、間違われるけど」
「「「「えつ!!」」」」
大森さん、田中さん、松橋さん、近藤さんは、思わず声を上げてビックリしました。そんな4人の顔を見て、高橋さんは悪戯小僧みたいに笑っています。
「んじゃま、自己紹介はそのぐらいにして、荷物を片付けちゃおう」
梅吉さんの仕切りで、一気に動き出しました。大きい物は男子組が、軽い物や掃除は女子組が… 高橋さんは、気が付けば男子組に入っていました。
「サクさん、1階で良かったの? 防犯考えると、2階の方が良いんじゃない? 水島先生の部屋と変える?」
荷解きをしながら、桃華ちゃんが椅子を運んで来た高橋さんに聞きました。
「2階は疲れてる時、階段上がるのがきついんだよ。一日立ちっぱなしだから、本当に忙しい日が続くと、夜は足が上がんなかったりするからさ」
「それに、泥酔したら階段は危ないからね」
座椅子を運んで来た工藤さんが、それだけ付けたして、座椅子を置いて行ってしまいました。
「明さん!」
慌てて後を追う高橋さんを見て、桃華ちゃんと主達は工藤さんの言った事が、1階を選んだ理由の7割だと分かりました。
「あ、このアパート、間取りは何処も一緒なんだってな」
とっとっとっ… と戻って来た高橋さんが、主と桃華ちゃんにコッソリ言いながら、天井を指さしました。
「あ…」
上は、三鷹さんちのダイニングです。
「掃除、頼むわー」
ニコニコしながら、外に向かう高橋さん。主はいつも玄関から見ていた、三鷹さんちのリビングの景色を思い出して… 何やら想像し始めたようです。