■その135 春が来ます…『17歳になった君へのプレゼント』■
主は薄いピンク、
「まだ呑んでる。明日もお仕事でしょう?」
呆れた声で桃華ちゃんが言うと、梅吉さんがフニャフニャと、気の抜けた笑顔で返します。
「今日は可愛い可愛い、俺のお姫様の誕生日だもん。こんなに可愛くて、こんなに綺麗に育って…。なぁ、俺の歌姫、一曲歌ってくれないかい?」
「… 一曲だけよ。一曲歌ったら、寝るんだから。夜更かしは美容の敵だもの」
梅吉さんのお願いに、桃華ちゃんはしょうがないなぁ… と、しぶしぶ答えます。どこまでも伸びやかで、透き通った歌声に、皆は目を瞑って聞き入りました。双子君達に添い寝している秋君の尻尾が、リズムを取っているかのように、ゆっくりゆっくりと揺れています。
「… お粗末さまでした。じゃ、おやすみなさい」
歌い終わって、うやうやしくお辞儀をした桃華ちゃんは、クルっと皆に背中を向けて、リビングのドアの方を向きました。
「あ、笠原先生、
梅吉兄さん、これなんで…」
桃華ちゃんと一緒に部屋に行こうとした主が、笠原先生を呼びました。梅吉さん、泥酔ではないんですけれど、酔い始めた修二さんに捕まってるんですよね。
「はいはい」
「桜雨ちゃん!」
笠原先生が立ち上がったタイミングで、修二さんが主を呼びました。梅吉さんにつられて、修二さんもちょっと切なくなっちゃったみたいです。
「… 先生、桃ちゃんと先に行っててください。竜虎と佐伯君、風邪ひいちゃうと困るから」
苦笑いをして、主は修二さんの横に座り込みました。修二さん、お酒臭いのに主をギューってしながら半べそかいてます。立派な、酔っ払いです。
「さ、行きましょう。貴女も風邪をひきますよ」
笠原先生は、足が止まっていた桃華ちゃんにパジャマのフードを被せて、ポカポカしている右手を握ってリビングを出ました。桃華ちゃん、急に手を握られてドキドキしちゃっています。
「せっかく温まったのですから、湯冷めしない様に。はい、おやすみなさい」
桃華ちゃんの部屋の前に来ると、笠原先生はパッと手を放しました。
「あ、はーい。おやすみなさい」
桃華ちゃんは、右手はまだ暖かいはずなのに、笠原先生の手が放れたせいか少し寒さを… ちょっと期待していたから寂しさを感じちゃいました。そして、右手を左手でさすりながら平静をよそって、部屋のドアを開けようとしました。
「忘れ物」
ウサギ耳フードを被ったモコモコの後ろ姿を、笠原先生はギュっと抱きしめました。
「せ、先生…」
「ブー、間違えです」
両腕の力強さと、全身を覆う重量感にビックリしつつも、嬉しさと恥ずかしさで心臓がまたドキドキし始めました。
「よ…」
「聞こえませんよ」
笠原先生、意地悪です。桃華ちゃん、笠原先生に耳元でそっと聞き返されて、体中に電気が走って、一気に耳まで真っ赤になって…
「
今にも、泣きだしそうです。
「はい」
「ズルいです。私だって…」
「大人ですから、ズルいですよ。では、正解したお姫様には、これを」
名前を呼ばれて嬉しそうに返事をした笠原先生は、桃華ちゃんの両手に小さな箱を握らせました。
「ゆっくりお休み。俺の、お姫様」
そして、部屋のドアを開けて、トン… と桃華ちゃんの背中を押しました。桃華ちゃん、一歩部屋に入った瞬間、膝から崩れ落ちました。
「… 反則ぅ」
大きな支えと、包んでくれていた温もりが無くなって、桃華ちゃんの体と気持ちが震えました。
「本当に、ズルいんだから…」
気持ちを落ち着かせようと大きく深呼吸して… 手にしたプレゼントに気が付きました。桃色の和紙と、真っ赤な細いリボンでラッピングされた小箱です。
「… 明日、お礼言えるかな?」
明日、ちゃんと笠原先生の顔が見えるか、桃華ちゃんは自信がないようです。そんな心配をしながら、桃華ちゃんはラッピングを解きました。
「小さな、アクセサリー入れ? あ、オルゴールになってる」
それは、三本の猫足が付いて、桃の花が透かし彫りされた、銀色のハート形のジュエリーボックスでした。底のねじを回して、蓋を開けると…
「ナット・キング・コールの『LOVE』」
桃華ちゃんは文化祭のファッションショーで、別人のようにカッコ良くなった笠原先生に優しくエスコートされたことを思い出して、更にドキドキ… 桃華ちゃん、心臓大丈夫ですか?
中を見ると、薄桃色のベルベットは敷き詰められていて、四つ葉のクローバーの押し花を使った、手作りっぽい丸い栞がありました。
「… バカ」
桃華ちゃんは、小さく呟いて、その栞にキスをしました。そして、ベットに入ると、オルゴールを枕元に置いて曲を聞きながら、栞を持ったまま、ゆっくりと眠りにつきました。