■その131 愛情は最高のスパイス・笠原先生は恋のキューピット?■
「笠原君、明日は時間あるかな?」
2月末の職員室。3年生の進路もほぼ決まり、後は卒業と在学生の進学準備に時間を費やすこの時期…。
俺の手元のパソコン画面も、新3年生の確認テスト作成画面になっていて、最高学年として勉学に励んでもらうためにもう少し難易度を上げるべきか、それとも進学祝いに優しくしてあげるべきか… 悩まし気な所ですね。
そんな俺に、1年生の学年主任の宮内先生が声をかけて来ました。
丸い顔に、分厚くて大きな口、小さな鼻の上のどんぐり眼、ふさふさの剛毛の眉毛とは正反対の、ツルンとした頭髪。160程の慎重に、ぎっしり詰まった筋肉。この学校に就任以来、代々の生徒達が親しみを込めて『
「明日ですか? … そうですね、同僚の2人から仕事を振られなければ」
公私ともに。
「じゃぁ、明日のお昼、一緒にどうかな?」
「はい?」
達磨の少し申し訳なさそうな笑い顔に、思わず変な声で返答をしてしまいましたが…
「常々、行ってみたいと思っている店があるんだが、どうにも一人で入る勇気がなくてね。お客のほとんどが若者でね、職場の同僚と入るって雰囲気でもなくて、かと言って、誘える若い知り合いも居なくてね」
「なら、東条先生も一緒に?」
「実は、君たち3人を誘うつもりで東条先生に声をかけたんだが… 東条先生と水島先生は、大切な妹さん達との買い出しの約束があるとかでね。駄目かな?」
その買い物、俺もメンバーに入っているんですけれどね。とは言えず、また、職場の先輩との適度な交流も円満な職場作りには有効と考えて、OKしました。
が… 今、仏心を出したことを大いに後悔して、昨日の自分を恨んでいます。
年季の入った大衆食堂は、どう見ても宮内先生が入りやすいお店ですね。高齢者団地や、築年数の経ったマンションや一戸建てが多く、また学校や公共施設、最寄駅や商店街から程遠いという立地条件から、利用されるお客さんの平均年齢は高いでしょうねぇ…。なんて、憶測になってしまうのは、店内に座っている客が俺と宮内先生の二人だけだからです。二人だけなのは、来店時間が早いのではなく、定休日だから。
「… 宮内先生」
何が悲しくて、せっかくの休日の昼に『達磨』と顔を見合わせて、定休日の定食屋で昼食をとっているんですかねぇ。
まぁ、定食は普通に美味しいです。大きな生姜焼きと山盛りのキャベツ、ご飯は丼に山盛り、味噌汁は豆腐とワカメ。ええ、普通に美味しいです。
美味しいんですが… なんだかこう… 上手く言えませんが、物足りないんですよねぇ。
「いや、騙すようなことをして、本当に申し訳ない。どうしても、君に会ってもらいたい子がいてね」
… ああ、これは『アウト』ですね。絶滅したかと思われていた『お節介おばさん』改め『お節介おじさん』が職場にいるとは、思いもしませんでした。スマートフォンで出会いを探せる時代に… お見合いですか。
それにしても宮内先生、一口がだいぶ大きいですね。どんどん、ご飯が口の中に消えていきます。
「水島先生や東条先生には、紹介できないだろう?」
顔でも『申し訳ない』と、言ってはいますが…
「そうですが、独身で恋人の居ない先生は、他にもいますでしょうに」
「いや、君はいつも、美味しそうに弁当を食べていると思ってね」
先生こそ、目の前の定食をとても美味しそうに食べていますよ。
「弁当… ですか?」
「そう、東条先生と水島先生と揃いの弁当。あれは…」
「東条の妹と、白川が作ってくれています。佐伯も同じものを食べていますよ。俺らは
お弁当に関して佐伯君は嫌がるかと思いましたが、存外、喜んでいるようで、たまにおかずのリクエストもしていますね。
「ああ、確か、君たちの住んでいるアパートの大家は、東条と白川の親御さんだったな。俺と、似たようなもんだ。
佳代ちゃん、ご飯のお代わり貰えるかい?」
宮内先生は空の丼を、調理場に向かってあげました。
「俺な、ここの定食屋の店子なんだわ。で… この子は大家の娘さん」
調理場の奥から出てきた娘さんは俯いたまま、空の丼を受けとると、素早く戻って行きました。