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第130話 思春期の心を惑わす罪に名前を付けるなら… 独占欲■


■ その130 思春期の心を惑わす罪に名前を付けるなら… 独占欲■


「さっき、梅吉も言っていたけれど…」


 俺たちが座ってから、坂本先輩が続けた。


「進路の事。桜雨おうめちゃん、アンタたちが思っているより、悩んでるわよ。大学もしくは専門学校への進学、就職、家事手伝い、アルバイト… どれを選んだって、誰も文句は言わないでしょ? 私としては、『自分の好きな道を選んでいいのよ』としか言えなかったけれど。あ、勘違いしないでよ。あの子、どう悩んでいるかは、言わなかったからね。

 桃華ももかちゃんも他の友達も、ちゃんと自分の将来を考えているのに、私は迷ってばかりで… 家の事とか、絵の事とか、三鷹みたかさんの事とか…。どうすれば一番いいのかが、分からなくって…

 それしか言わなかったわよ」


 うん、坂本先輩が桜雨おうめのマネをする時は、目を瞑ろう。じゃないと、悪酔いしそうだ。


「ここに来て、色々と変動がありましたからね。東条もですが、家では主婦に近いですし、絵では一気に2枚も賞を取って自信がついて、そっちの道に進む選択肢も出来たでしょうし…。卒業すれば、三鷹との関係も…」


 ここで、三鷹に視線が集まった。


「進路について、自分の意見を押し付けないのは偉いわ。よく耐えてると思うわよ。で、ここだけの話で終わらせるからさ、アンタはどうしたいのよ? 進学してもいいの? 就職してもいいの? 変な虫が付かない様に、桜雨ちゃんの高校の教師になったんでしょ? この後は、寄ってくる虫を、自分で払えると思ってるの?」


「…」


 坂本先輩の質問に、三鷹はうつむいて冷酒をグイグイ呑んでいるだけ。まるで、酔った勢いで飛び出しそうになっている返答を、酒で腹に戻しているみたいだ。先輩も同じことを感じたのか、片手を上げて『酒』と短く言った。直ぐに、佐伯が一升瓶とグラスを持って来た。


「水島先生って、教師になった理由、スゲーな」


 佐伯は言いながらグラスに並々と冷酒を注いで、三鷹に差し出した。三鷹は、無言のままでそれを呑んでいく。


「あら、梅吉もよ。この二人、桃華ももかちゃんと桜雨おうめちゃんに変な虫が付くのが心配で心配で、本当に心配し過ぎて、教師になったんだから。流石に、ご両親も呆れてたわね」


「いや、普通に心配でしょう? 俺の妹達はあんなに綺麗で、可愛いんだから。しかも、桃華は歌姫だし、桜雨なんか画伯よ、画伯」


 心配するなって言う方が、可笑しい。


「さすが、シスコン」


 俺の言葉を聞いて、佐伯が引きながら三鷹のグラスに冷酒を注いだ。いや、ちょっと、流石に呑ませ過ぎじゃない?


「三鷹、大丈夫か?」


 心配になって、俯いた顔を覗き込もうとしたら…


「大丈夫なわけがない」


 ガバッと顔が上がった。


「本当は、俺の家に閉じ込めておきたい。仕事から帰ったら、エプロンを付けた姿で、『お帰りなさい』って言って欲しい。どこにも行かせたくない。あの抱き枕が、桜雨だったらいいのに。どこにも行って欲しくない。俺の家に閉じ込めようかな…」


 あ、目が座ってる。ヤバい…


「でも、友達と笑いあっている姿も、夢中に絵を描く姿も、家族の中にいる姿も… 全部好きなんだ。キラキラ光ってて、眩しくて… でも、閉じ込めたら… 光らなくなる…」


 ゴン!! あ、頭が落ちた。テーブルに頭突きするみたいに頭が落ちたけれど… 大丈夫か、テーブル?


「キラキラ… キラキラ… 桜雨ぇ…」


 潰れた。完全に、潰れた。三鷹は空になったグラスを握ったまま、ぶつぶつ桜雨の名前を呟きながら、寝た。


「お互いに分かり切ってる気持ちを伝えあわないのも、三鷹の部屋に入れないのも、三鷹なりのケジメではあるのね…。でも、卒業まで、もつのかしら? 一度、放れてみるのも有かもねぇ…」


 潰れた三鷹を見ながら、坂本先輩はボトルの中身を最後までグラスに注いで、物騒なことを呟きながら飲み干した。


「… はぁ。なぁ、笠原… 卒業までは踏ん張ってくれよ。お兄ちゃんからのお願い」


「善処します」


 その笑顔が、お兄ちゃんは怖いのよ。

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