■その128 バレンタイン・桜雨ちゃんとコンプライアンス2■
「私も、皆で作ったモノだから…。でも、皆のより甘さをグッと抑えたの。
… お夕飯のデザートに出せば、
そう言いながら、主はクラフト紙のハート型の箱をおずおず差し出しました。もちろん、真っ赤なリボン付きです。
「でも、渡せるチャンスがあればなぁ… って思ってたの」
「ありがとう。嬉しいよ」
大きな手が、そのハート型の箱を受け取りました。手元の箱を見つめながら優しく微笑む三鷹さんの顔を見て、主は顔を真っ赤にして胸の鼓動が激しくなりました。
「三鷹さん、た、食べてもいい?」
そんな顔を見られたくないと、主は慌てて椅子に座って、貰った箱を再度手にしました。
「もちろん。… 口に合うと良いんだが」
心配そうな三鷹さんの前で、主は嬉しそうに丁寧にラッピングを外して、蓋を開けました。中には、イチゴ・ホワイト・ビター・ミルクのトリュフチョコレートがコロンと1つづつ入っていました。イチゴだけは、ハートの形です。
「わぁ~、可愛い」
想像以上の出来栄えに、主は感嘆のため息をついて見とれていました。
「見ているだけでは、味は分からないだろう?」
「食べちゃうのが、もったいないぐらい可愛くって」
主は箱を持ったまま、まだトリュフチョコレートに見とれています。
「これだけは、食べて欲しい」
そう言うと、三鷹さんはハート型の苺トリュフを摘まんで、主の唇に軽く押し付けました。それは本当に軽く… フニって感じです。
「… あ」
主は三鷹さんの熱っぽい瞳に見つめられながら、小さな唇をゆっくりと開けつつも、なんだか恥ずかしくて三鷹さんの目が見れなくて、苺トリュフを摘まむ三鷹さんの筋張った指に視線を落としました。ゆっくりと、主の小さな口にチョコが入っていきます。
筋張った細い指、右手の親指の付け根にある小さなホクロ…。三鷹さんの視線を感じながら、ぽぉっと手に見とれていると、舌に甘酸っぱい刺激を感じて、思わず口を閉じてしまいました。三鷹さんの親指と人差し指の先が、主の唇に挟まれました。
「酸味があったか?」
慌てて主が三鷹さんを見ると、三鷹さんはちょっと笑ってその指先を引いて、軽く自分の唇で吸いました。熱を含んだ目で、ジッと主の目を見つめて、チュッチュッと、小さな音を立てながら。
「…」
主、ノックダウンです。何も答えられなくて、ただただ口の中のチョコレートが甘酸っぱくって、こんな三鷹さんは反則だとか、心臓がドキドキし過ぎて死んじゃうとか、あの指になりたいとか… キス、したいとか… 主の心も頭も大混乱です。口の中のチョコレートだけが、どんどん溶けてその甘酸っぱさが広がって、しだいに無くなっていきます。
「もう一つ?」
言いながら、三鷹さんは箱に手を伸ばします。主はその手を、頭を振りながら止めました。
「… 一気に食べるの、勿体無いから。大切に食べたいの」
本心ですが、もう一つの理由は…
また同じ事をされたら、今度こそ死んじゃう!!
でした。その代わりにと、主は自分が上げた箱をジッと見つめました。
「そうだな、俺も頂こう」
三鷹さんは主の視線に気が付いて、ハート型の箱を開けました。中に入っていたのは、クルミのたっぷり入ったチョコレートブラウニーです。隅っこに、小さなハートのチョコもありました。色で見ると… 両方、とっても苦そうです。
「
三鷹さん、開けた箱を主に向けました。これは…
「えっと… 三鷹さんの食べたいものからで…」
さすがの主も、この行動の意味が何となく分かったみたいです。箱の中と三鷹さんの目を交互に見ながら、ちょっとビクビクしています。
「じゃぁ、ハートのチョコ」
そう言って、三鷹さんは主に向かって軽く口を開けました。
「… 甘かったら、ごめんなさい」
主、意を決して、黒くて小さなハート型のチョコレートを摘まむと、三鷹さんの口元に運びます。ずっと見つめられていて、その指は緊張して小刻みに震えています。
「ひゃっ!」
三鷹さんがパクン!と口を閉じると、主の指を加えた形になりました。唇の感触と、ちょっと当たった前歯の硬さ、そして… 熱くてぬるっとした舌先。思わず指を引き抜いて左手で覆うと、主は腰を抜かして座り込んでしまいました。
「やり過ぎた」
今にも泣きだしそうな主を抱えて、三鷹さんは床に胡坐をかきました。椅子だと、狭いですもんね。
「怖かったか?」
少し震えている主の髪を撫でながら、三鷹さんは軽く自己嫌悪中です。ええ、僕は、やりすぎだと思いますよ。今日一日で、どれだけ焼きもち焼いたんですか?
「三鷹さんに、あんなふうに見つめられた事なかったし、その、唇…」
主は俯いたまま、三鷹さんに咥えられた指先を、自分の唇に軽く付けました。
「桜雨…」
そんな主を見て、三鷹さんは…
「はい、時間でーす!!」
主の頬に三鷹さんの手が触れた瞬間、目の前の社会科準備室のドアが勢いよく空きました。
「お兄ちゃん、もう待てません!! 貰ったチョコレートを、夕飯にはしたくありません!!」
「わん!」
そう言ってドアを開けたのは、秋君を胸元に入れたままの梅吉さんでした。
「梅吉兄さん、すぐ、帰ろうね、ね。」
主は耳まで真っ赤になった顔をなんとか笑顔にして、梅吉さんと秋君に向けました。そんな主の耳に、盛大な舌打ちが上から聞こえたのは、言うまでもありません。