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第125話 バレンタイン・佐伯倉之進

■その125 バレンタイン・佐伯倉之進■


 はよっス。2年B組の問題児、佐伯さえき倉之進くらのしんっス


 今日は、クラスに一番乗り。まず、2か所あるクラスの出入り口の後ろに張り紙をして、中から鍵をかけて前からしか入れないようにする。次、前のドアのすぐ横の机を借りる。最後に、机の上に大量の小さなプレゼントを出す。100均で買った半透明の小袋に、茶色のリボンで口を結んだやつで、中には昨日作ったトリュフチョコレートが2個入ってる。これで、準備OK。

 あとは、クラスの奴らが来るだけ…


「おはよう。お菓子屋さんかい?」


 スタンバイして5分もしないうちに、前のドアから学級委員長が入って来た。


「委員長、はえーのな。おはよう。これ… いつものお礼なんだ」


 プレゼントの山から1個取って、委員長の目の前に出した。


 なんだか、思ってたより、ドキドキする。そう言えば俺、誰かにちゃんとプレゼントするなんて、初めてだった。


「… 佐伯君が、作ったの?」


「お、おう…。ちゃんと手洗ったし、ラップ使ったから、素手では触ってねぇかんな。東条先生達と一緒に作ったから、味も大丈夫なはず」


 委員長、スンゲー意外そうな顔で、受け取ってくれた。


「何で、くれるの?」


「だから、いつものお礼だってば。いつも、勉強教えてくれて、サンキューな。俺、乱暴者だから、迷惑もかけてて、ごめん… なさい」


「この量… クラス皆の分?」


「ああ、いつも、皆に迷惑かけてるからさ、お詫びに…」


「だってさ、皆」


 委員長が、後ろを向いて声をかけた。すると、ひょこひょこと、何人かのクラスメイト達の顔が現れた。


「君が関所を作っているから、皆ビクビクして教室に入れなかったんだよ」


「佐伯君、全部自分で作ったの?」


「こんなに沢山、スゴイねー」


「オレ、いつも貰えないから、友チョコでも嬉しいや」


 委員長が少し動くと、廊下で様子を見てた数人がワラワラと入って来た。なんだなんだ、皆、こんなに早く来るのか?


「教えてもらいながら… 覚えれば、簡単だった」


「なになに? 佐伯君からの友チョコー? ありがとう~」


「あ、じゃあ、私からも、友チョコね、はい」


 もっと、ゆっくりなペースになるかと思ってたし、受け取ってくれない人もいるだろうとは思っていたけど… 皆が声をかけてくれて、受け取ってくれた。中には、『友チョコ』をくれる子もいた。


「昨日、男同士で集まってたと思ったら…。大変だったんじゃないの?」


「おはよー。これ、私から」


 田中さんと、大森さんが来た。大森さん、俺のチョコを受け取って、代わりに似たようなラッピングの袋をくれた。


「そっちが男子クッキングなら、こっちは女子クッキング。私達も、皆で作ったの。あ、白川っチ達に見てもらいながら作ったから、味は保証出来るからね」


「大丈夫、毒は入れてなかったわよ」


 紙袋を下げた東条が、鞄から大森さんと同じ包みを出してくれた。


「私のは、皆のより苦みが効いてるからね」


「わ、私も、と、友、チョコです」


 白川も紙袋を下げていて、やっぱり鞄から、同じ包みを出してくれた。大森さんの影に居た松橋さんも、同じようなラッピング。


「モノは同じだけれど、味は微妙に違うから、食べ比べしてみて」


 なるほど。皆で昨日作ったモノか。

 笠原先生が朝のホームルームに来る前に、用意したチョコレートは全部なくなった。で、貰ったチョコレート菓子の包みが増えた。


「はい、おはようございます。今日はバレンタインですし、テストも終わったので、気持ちは痛いほど分かりますが、あまり浮かれない様に。食べるのは、休憩時間のみです。授業中は、ちゃんと勉強に集中してください。まぁ、無理でしょうけれど。虫歯には、気を付けて」


 笠原先生、教室を見渡して話をしながら、最後は大きな溜息をついた。もう、あっちこっちから、チョコの匂いがしてるもんなぁ。俺があげたやつかな?


 皆に渡す事ばかり考えていたから、自分が貰うなんて微塵も思ってなかった。朝、トリュフチョコレートを渡しながら、10個ほど貰った。

で、休み時間の度に、廊下に呼び出された。


「これ、良かったら…」


 前の学校に居た俺なら、笑ってふざけて、誰か他の奴にやっちまったんだろうな。けど、今日の俺なら、そんな事出来ない。今、俺の前に出されてる包みはとても綺麗で、友チョコとは違うって、俺でもわかる。手も、小刻みに震えてるし…。俺なんか、クラスの友達に『友チョコ』を渡すだけでも、あんなにドキドキしてたんだもんな。


「ありがとう。でも…」


「いいんです。貰ってもらえれば、それだけで」


 そう言われると、受け取るしかないよなぁ…。


「ありがとうございます」


「いや… うん… ありがとう」


 こっちが、ありがとうだよな?


 女の子は、俺が包みを受け取ると、頭を下げて走っていなくなった。そんなんだったり…


「いいの、自己満足だから。貰ってくれるだけで、いいの。まずは、私の顔を覚えてね」


 なんて、ニコニコしながら帰ってく子もいた。そんなやり取りが、俺だけじゃなくって、あっちこっちで見れた。


 6時間目の古典が、担当教員の都合で自習になった。


「今日って、本当に特別な日なんだな」


「身に染みた? ここ、ニアミス」


 自習と言われて、ちゃんと勉強するようにもなった。まぁ、一人での勉強はまだまだ集中力もやり方もイマイチだから、田中さんや委員長に教えてもらう事が多い。… 田中さんは、採点がからい。


「佐伯君は、せっかちね。まずは問題文を、最低2回は読むといいわ」


 田中さんは、俺と机を並べて、俺の教科書や問題集に、容赦なく赤いペンで書きこんでいく。


「問題文、最後まで読んでない時あるもんなぁ… 俺、恋愛って分かんないから、どう返してあげれば正解か…」


「あら、奇遇。恋愛に関しては私も専門外だから、正解は分からないわ。

まぁ、正解かどうかは置いといて、経験豊富なのは大森さんだから、恋愛相談は彼女が適任よ」


 ぴっ!と、田中さんの赤ペンが、教室の中央にいる大森さんを指した。

大森さん、松橋さんと編み物やってる。


「恋愛相談… ってより、俺は、思いやりを勉強しなきゃだな」


 俺が一番勉強しなきゃいけないのは、たぶん、それだ。この学校に来て、皆と過ごして思った。


「そう思うなら、大丈夫よ」


 田中さんがそう言うと、6時間目の終了のチャイムが鳴った。


「はい。頭を使った後は、適度に栄養補給しておくといいわ」


 そう言って席を立った田中さんは、俺の教科書の上に小さな包みを置いて行った。大森さんと松橋さんが、朝くれたのとは違う包みだ。英字新聞柄で、リボンも飾りのシールもない。


「… おう、あんがと」


 これは… 勉強チョコ? この包みの英字も訳せってことか? とりあえず、これ食って、あと1時間は頑張れってことだよな。でも、やっぱ甘いものは体使った後だよな。バイトの後に食べよーっと。

 さ、ラスト1時間、頑張るか。





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