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第122話 女子には内緒の、恋愛相談?

■その122 女子には内緒の、恋愛相談?■


 ワタシは三鷹みたかさんの手拭いの『サクラ』です。

いつもは剣道の稽古の時に頭に巻いてもらっているんですが、今日は違います。


 キッチンどころか、2LDKのアパート全体に充満するチョコレートの匂い。楽し気な、男の子たちの声。今日の三鷹さんは、バレンタインのお菓子作りです。

 桜雨おうめちゃんの双子の弟君達が、お友達にバレンタインのプレゼントをしたいと、梅吉さんに相談したのがきっかけでした。それなら、料理上手な桜雨ちゃんや桃華ももかちゃんに教わればいいんでしょうけれど…


「お姉ちゃんと桃華ちゃんは、女の子でしょ? 他の女の子に教えて作ったモノを、喜んでくれるかな? 焼きもちやいたりしない?」


 これが、4月には小学3年生になる男の子・夏虎かこ君のセリフでした。梅吉さん、開いた口を塞ぐことを忘れて、男子だけのお菓子作り教室を約束したんです。もちろん、三鷹みたかさんや笠原先生は巻き添えです。そして、何だかんだ話が広がって、佐伯君と近藤先輩、あたる君も参加することになりました。


 今は、皆でトリュフチョコレートを作っています。生クリームで溶かしたチョコレートを冷蔵庫で固めて、スプーンですくってラップを使って丸めます。ココアパウダーをかけたり、カラフルなチョコスプレーをまぶしたり…

 皆、思い思いのトリュフを作っています。


「タカ兄ちゃんは、お姉ちゃんにあげるんでしょ?」


 冬龍とうりゅう君、ホワイトチョコとイチゴチョコを合わせて、マーブルトリュフを作っています。まぶすのは、パウダーシュガーですね。


「… ほら」


 三鷹さんは冬龍君の質問に、その小さなお口に、小さく丸めたチョコレートを押し込みました。


「タカ兄ちゃん、あーん」


 その隣で、夏虎君が小さなお口を三鷹さんに向けて大きく開けました。三鷹さん、そのお口にも小さく丸めたチョコレートをポイっと入れました。2人とも、幸せそうにマグマグしながら、手を動かしています。… 夏虎君、どうやら丸めるんじゃなくて、ハート形にしていますね。


「ヨシ兄ちゃんは、モモちゃんでしょ? ウメ兄ちゃんは?」


「近藤先輩は松橋さんでしょ? 佐伯君と中君は?」


 双子君、口の周りにチョコレートを付けて、皆に質問です。


「俺? 俺は、皆にだよ」


「皆?」


「そっ、皆。迷惑かけちゃった皆。だから、個数がいるんだよ」


 佐伯君、せっせと作ります。ラップ越しとは言えど、体温でチョコレートが解けない様に、一回ごとに氷で手を冷やしています。もちろん、梅吉さんが作り方をスマートフォンで検索した時に、ワンポイントで書いてあった事でした。それはそれは、せっせと作るので、バットには出来上がったトリュフが山になり始めました。佐伯君は、ココアパウダーオンリーですね。


「中君は?」


「僕は…」


 夏虎君に聞かれて、中君はチラッと三鷹さんを見ました。


「大丈夫ですよ。そこまで狭量な男ではありませんよ。ですよね、水島先生?」


 笠原先生に、やんわりとたしなめるように言いわれてしまったら、何も言えませんよね、三鷹さん。


「きちんと気持ちを伝えて、振られようと思って…」


「どM」


 中君に、すかさず佐伯君が突っ込みました。


「ははは、確かに」


「ケジメをつければ、次に進むことが出来るでしょう。良い事ですよ、君にとっても白川さんにとっても」


 笠原先生が目も合わせずサラッと言っただけでしたが、中君は優しく背中を押してもらえた気がして、心がホッコリした感じがして、口元が綻びました。


「大人のレンアイは、難しいなー」


 そんなやり取りを見て、夏虎君がため息混じりに呟きました。


「そう、大人のレンアイは難しいんだよ。で、子どものレンアイは? 夏虎君は誰に渡すのかな~」


 夏虎くんの呟きに、梅吉さんがニマニマしながら聞きました。お兄ちゃん、可愛い従弟の好きな子が気になるんですよね。いままでサッカーサッカーと、サッカーばかりだったので。


「… 内緒。渡せるかも、分かんないし」


 今までの元気がどこかに行ってしまったようで、夏虎君、ぽしょぽしょと、俯いて答えました。


「あれ、どうした? 冬龍」


 こんな時、助けを求めるのは、双子の片割れの冬龍君です。冬龍君、さして気に留めたふうでもなく、佐伯君に負けじとトリュフを大量生産していきます。

 チョコスプレーや粉砂糖をまぶしたり、中央に1個だけハートのチョコスプレーを置いてみたりと、可愛いです。

 もちろん、バットは分けておかれているので、業者ですか?と聞きたくなります。


「病気で、ずっとお休みしてるの。本当に、たまーに学校に来るんだけど、半日で帰っちゃうんだ」


 冬龍君の説明に、先生組は顔を見合わせました。


「ふーん… 夏虎、その子の分は作たのか?」


 佐伯君が、ピタっ!と手を止めて聞きました。


「え? あ、うん…。一応、作ったよ」


「一応じゃねぇだろ? その子にあげたいんだろ。ほら、箱に詰めろよ」


 佐伯君は、部屋の隅に置いてあった紙袋をひっくり返して、ラッピングセットを広げました。


「明日来るか来ないか分んないなら、今日渡したって同じだろ? こっちにするか? それともこれか?」


 と、佐伯君は次から次に、ラッピングを手にしては夏虎君の前に置きました。


「… これにする」


 夏虎君は、淡いピンクの真四角の箱に、ハート型のトリュフを4つ詰めました。ピッピッと小さなシールで箱を止めて、細いオレンジと黄色のリボンで巻いて出来上がりです。


「んじゃ、ちょっくら行こうか」


 我ながら上手にラッピングが出来たと、ホッとしている夏虎君の肩を佐伯君が叩きました。


「ちょっと、行ってきまーす」


 夏虎君が立つより早く、冬龍君が立ち上がって、二人分のコートを持って玄関に向かいました。慌ててそれを追う夏虎君と、


「んじゃ、ちょっくら行ってきます」


と、佐伯君。三人はバタバタと出て行きました。

 玄関のドアが閉まった音がして、今までジーっと見守っていた三鷹さん達が、ようやく動き出しました。


あたる、あれを見習って、明日は頑張れよ」


 ポン!と、梅吉さんが静かに中君の肩に手を置きました。中君、今から心臓ドキドキです。


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