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第120話 女子には内緒の、甘い時間

■その120 女子には内緒の、甘い時間■


 皆さんご無沙汰しております。ワタシは白地に『白桜はくおう私立高等学校』と書かれた手拭いに、刺繍されたカエルの『サクラ』です。薄ピンクの桜がワンポイントの、黒い傘をさしています。

 ワタシの持ち主は、水島三鷹みたかさん。学校の先生で、剣道部の副顧問。ワタシを刺繍してくれたのは、三鷹さんに恋する女子高校生の白川桜雨おうめちゃん。


 三鷹さん、今日はワタシを頭に巻いても、手にしているのは竹刀じゃありません。ゴムベラです。お料理や、お菓子作りに使う、ゴムベラ。

 立春が過ぎても、まだ2月。寒い日が続きますが、キッチンに立つ三鷹さんは白い半袖にジーンズ、黒のエプロン姿。さしずめ、ワタシは三角巾代わりですね。

 三鷹さん、自宅のキッチンに立つときは、洗い物をするとき、酒のツマミを皿に盛る時… それぐらいです。今日みたいに、『何かを作る』なんて、ほっとんど、ありません。ほぼ、皆無に近いです。


「三鷹、チョコレート、溶けましたか?」


 コンロの隣で、地味にチョコレートを湯せんで溶かしていた三鷹さん。そんな三鷹さんの手元を、いつの間にか帰ってきた笠原先生が覗き込みました。紫シャツに白衣… 笠原先生、家でも白衣なんですね?

 今はブラックチョコレートを溶かしていますが、イチゴや抹茶のチョコレートも、溶かし済みです。


「なぁ、やっぱりケーキ…」


「無理ですよ、無理。この家に、オーブンなんて代物、ありますか? ありませんよね。第一、他の道具だってそろっていないですし、肝心な技術力が皆無です」


 笠原先生、口も動きますけれど、手も動きますね。シリコンの型を、ボールの隣に並べ始めました。小さいハートが一気に16個できるモノと、中くらいのハートが8個できるモノ。そして、大きなハートが4個できるモノ。


「ケーキ…」


 三鷹さん、本当は桜雨ちゃんにチョコレートケーキを焼いてあげたいんですよね。


「あと、チョコレートケーキが好物なのは、東条ですよ」


 言いながら、笠原先生は自分家から持って来た2個のボールで、チョコレートの湯せんを始めました。こちらは、ホワイトチョコです。


「白川なら、三鷹が手作りしてくれただけで、大喜びですよ。それが、ゆで卵でも」


 笠原先生、手際がいいです。科学の実験のノリでしょうか?


「失礼します!」


「ちぃーっす」


「お… お邪魔します」


 玄関のベルが鳴った瞬間、ドアが開きました。大きな紙袋を持った3年生の近藤君、果物の入った籠を持った佐伯君、二人の後ろからオドオドと顔を出した3年生のあたる君。リビングのちゃぶ台が、一気に荷物でいっぱいになりました。


「ただいまー。秋君、預けて来たよー。2人は、学校に行ったみたい」


 そして、バタバタと梅吉さんが帰って来ました。梅吉さん、美世さん達に、三鷹さんの飼い犬の秋君を預けに行っていました。


「こちらも、準備OKですよ」


 笠原先生、今度はマグカップに熱湯とチョコペンを入れました。白、茶色、ピンク、オレンジ、緑… 色とりどりのチョコペンが、何本もあります。


「お、買い出しありがとうなー。

 佐伯、果物はあっちの家で、夕飯のデザートだから、玄関に置いといて」


「っス」


「中君は、小さなお皿10枚ぐらいと、中ぐらいのお皿5~6枚持って来て」


「は、はい…」


 梅吉さんは、近藤先輩が持って来た紙袋の中身をちゃぶ台に広げながら、佐伯君や中君にお願いしました。


 ココアパウダー、ビスケット、マシュマロ、グミ、色も形も沢山あるトッピングシュガーとアラザン… 中君が出してくれたお皿に、トッピングで用意したものが次々に出されていきます。


「タカ兄ちゃーん、只今!」


「お母さんに、友達の家に行くって、言って来たよー」


 今度は、元気に桜雨ちゃんの双子の弟君達が帰って来ました。皆、手を洗い、エプロンをして(笠原先生は白衣ですが)、三角巾をして…


「じゃぁ、バレンタインのチョコレートを作ります!!」


 梅吉さんの号令のもと、このメンバーで、チョコレート作りの始まりです。男の子のみの、料理教室です。


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