■その115 新年の宴・気になるお年頃なんです■
1時間もすれば、山ほどあったテーブルの上の料理も殆どなくなって、メインはお酒とデザートと、テレビゲームです。
「高橋さんの恋人は、オッパイ大きいんですか?」
お酒が進むと、この手の話題はだいたい出て来るらしいです。けれど、話題を振る人物が、今回は大森さんでした。ゲームの順番が回ってくるのを待ちながら、桃の花形をしたオレンジとリンゴの寒天を味わっています。
「んー… 明さんの胸かぁ…。胸、あるなぁ」
美味しい料理と美味しいお酒で、皆ご機嫌です。理容師の高橋さんも、グイグイ吞んでます。高橋さん、見かけは主達と変わりませんけど、成人済みですもんね。右手はお猪口を持ったまま、左手で空中をモミモミしています。
「恋人さん、『明さん』? カッコいい名前! やっぱり、オッパイは大きい方がいいです?」
「大森さん、お酒飲んだ?」
田中さんが、白の肉球型白玉を食べながら聞きます。
「まっさか! ここで呑んだら、笠原先生に頭から水かけられて、外にほおり出されるぐらい、私だって分かるって。
今の彼氏がね、オッパイは大きければ大きい方がいいって。私だって、田中ッチには負けるけれど、大きい方だと思ってるんだけれどさ~。男の人の意見、聞いてみたいじゃん」
「はいはいはい、俺は大きいオッパイ、好きだよ~」
お顔を真っ赤にして、岩江さんがレモン酎ハイのグラスを勢いよく上げました。
「でもね、いまの彼女は、こぶりかなぁ~。こう、手の中に納まりがいいというか… いでっ!!」
岩江さんがグラスを置いて、手をワキワキさせ始めると、坂本さんが金髪のツンツン頭にチョップを落としました。
「ちょっと、年頃の女の子が居るのよ! 発言と行動に気を付けなさい」
「いや、店長、その年頃の子から聞かれたんスけど…」
頭を押さえて悶絶しながら、岩江は一応抗議しました。
「うちの美和ちゃんは形も大きさも… ごっ!!」
修二さん、横に座っている美和さんから、笑顔のままアッパーを貰いました。舌、噛みましたね。
「秋君のお散歩、行ってきま~す」
そんな集団を綺麗にスルーして、主は僕を入れた散歩バッグを下げて、秋君を小脇に抱えてリビングを出ました。秋君、楽しそうにテレビゲームをしている双子君達の横で、尻尾フリフリしてましたけどね。
「桜雨、俺も行こう」
玄関でブーツを履いて、秋君にリードを付けていた主に、
「… はい」
じぃーっと、座ったまま三鷹さんを見つめてから、主はニッコリ笑ってお返事をしました。その間が三鷹さんは気になりましたが、とりあえず聞かないことにしました。
年末から降ったり止んだりを繰り返していた雪は、すっかり商店街の歩行スペースを狭くしてしまいました。自転車に乗る人も少なくなったので、歩行者が増えた感じです。なので、日が暮れたばかりの今ぐらいは、小さな秋君は危ないので、大通りは三鷹さんに抱っこされています。三鷹さんはいつもの通り、主の右側。
「
「はい?」
主の纏う微妙な空気に、なかなか声をかけられないでいた三鷹さんでしたが、意を決して名前を呼びました。
「その… 怒って、いるのか?」
いつもの、目尻のちょっと下がった愛らしい焦げ茶色の瞳に見つめられ、三鷹さんは言い淀みました。
「… あー、大丈夫、大丈夫。ちょっと、考え事をしていただけなの」
主は三鷹さんにニコッと笑いました。
「なら、手を繋いでもいいか?」
とっても控えめに、大きな左手が差し出されました。
「もちろん」
クスクス笑って、主はその手をキュッと握りました。皆が居る所では、手も繋げないですもんね。今日は、隣に座ることも出来なかったし。
「お酒、いいんですか?」
「今日はバタバタしていて、桜雨と少しも話すこと出来なかったからな。
酒より、こっちの方が大事だ」
小さな主の手の温もりを嬉しく感じているからか、三鷹さんの声が少し軽く聞こえます。
「…
「ん?」
主の小さな呟きを、三鷹さんが拾いました。
「なんでもない」
「何でもなくない。どうした?」
主が首を振った瞬間、三鷹さんは足を止めて、繋いだ手に力を込めて、真剣に主を見つめました。
「何でもなくはない。心を覗くことは出来ないから、話てくれ」
「… 笑わない?」
主らしくなく、ふいっ… と、視線を外して下を向きました。
「笑った事、あるか?」
「ない… です」
主が歩き出します。下を向いたまま。
「あのね…」
三鷹さん、言葉の続きをゆっくりと待ちます。主は行き交う人をキョロキョロ見て、小声で聞きました。
「…」
「悪い。聞こえなかった」
あまりに小声すぎて、周りの雑踏に消されてしまいました。なので、三鷹さんは体をぐっと傾けて、出来るだけ主の顔の近くに耳を近づけます。
「… あのね、三鷹さんも… の方がいいのかな?って」
「ん?」
肝心の所が聞き取れません。
「だから… む、む… 胸。三鷹さんも、大きい方が…」
聞こえた瞬間、三鷹さんは反射的に体をもとに戻して反対を向きました。
思わず、足が止まりました。
「あ、笑ってるでしょう?!」
ちょっとだけ、本当にちょっとだけですけど、三鷹さんの肩が揺れてます。
「ごめん。可愛くて、つい、な」
向き直った三鷹さんは、いつもより柔らかい表情でした。主、そんな三鷹さんを見て、心臓がドキドキしちゃって、早歩きで歩き出しました。
「そうか、だから…」
主が早めの秋君のお散歩に出た真意を、いつもとは違う雰囲気の理由が分かって、三鷹さんは安心しました。
「… それで?」
「ん?ああ。… いや、今の俺が答えたら、まずくないか?」
ちょっと拗ねたように主が答えを急かすと、一度は答えようとした三鷹さんでしたが、慌てて口を閉じました。
「… 気になるお年頃なんですけどぉ」
恥ずかしそうにほっぺをピンクに染めて、プクッと膨らませました。
「心配しなくていい。それしか、今は答えられないな」
そんな主のほっぺを、繋いでいる方の手の甲でスリスリしてから…
「色々、我慢してることだけは、わすれないでくれ」
三鷹さんの唇が、主のほっぺに触れる手前でピタっ! と、とまりました。そして、耳元で優しく囁いて、繋いだ手を引っ張りました。
繋いだ手はお互いの体温が混ざり合って、三鷹さんは表情には出ていませんがご機嫌で、主はお顔を真っ赤に染めて心臓っをドキドキさせて…
散歩をするはずの秋君は、三鷹さんに抱っこされたまま、いつの間にか眠っていました。