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第111話 リングにかけるのだ!

■その111 リングにかけるのだ!■


 主の通う白桜はくおう私立高等学校は、中高一貫の学校で、運動場も体育館や武道場といった施設も充実しています。12月中旬から降りだした雪のおかげで、2学期の終業式は無くなり、なし崩しに冬休みになりました。

クラス担任の先生達は、生徒の成績表とお手紙等を郵送するという仕事が出来ました。冬休み中も雪は降ったり止んだりを繰り返していたので、部活も中止となり、学校に来る人は限られていたんですが…


「リングね」


「リングだわー」


 3学期の初日。今日も、雪が降りだしそうなお天気です。正門をくぐった生徒達を出迎えたのは、広々とした校庭にデデーン!!と雪で作られたリングでした。プロレスやボクシングの舞台になる、あのリングです。ロープの部分も、雪で作られていますね。


 主の桜雨おうめちゃんも、従姉妹の桃華ももかちゃんも、他の生徒達同様、校舎に入るのを忘れて、見入っていました。


「お嬢様方、こんなところで立ちっぱなしは、風邪をひきますよ。

早くしないと、遅刻にもなるよ」


 後ろから、正門を閉めた生活指導担当教員の梅吉さんが、主達に声をかけました。始業式があるので、いつものジャージ姿ではなく、スーツにコートです。髪もワックスでセットしています。滅多に見れないその恰好に、ファンの生徒達は黄色い声を上げながら、遠巻きに見つめています。


「梅吉兄さん、あれは?」


「あ~、俺もというか、殆どの先生が、校長が本気とは思わなかったんだよね~」


 主が雪のリングを指さすと、梅吉さんはほっぺをポリポリしながら、苦笑いしました。


「校長先生? 何か、イベントがあるの?」


 桃華ちゃんも、雪のリングを指さします。


「まぁ、イベントだな。始業式で話があると思うから、楽しみにしてなよ。

 ほら、教室に入りなさい」


 そう言われて、教室に追いやられたのですが…


「何にも、説明なかったわね」


 無事に始業式が終わり、生徒達は先生が来るのを教室で待っています。2年B組は、『手芸部』というだけあって、男女関係なく、縫物や編み物をしている子がほとんどです。窓際の席の桃華ちゃんは、いつものメンバーで編み物です。


「説明どころか、挨拶も短かったわね」


 大森さんは、オレンジ色のマフラーでしょうか? 太目の毛糸ですね。


「いいじゃない、時間の無駄にならなくて」


 田中さんは、黒の毛糸で5本指の手袋を編んでいます。


「田中さん、凄いなー。私、まだ5本指の手袋は無理だわ~」


 スイスイ編んでいく田中さんの手元を見て、主は感嘆の声を上げました。そんな主は、虹色の毛糸でミトン手袋を編んでいます。


「あ、み、見ましたよ、青いマフラー。き、綺麗に出来上がったんじゃ、ないですか?」


 松橋さんは、焦げ茶色の毛糸でセーターでしょうか?


「ありがとう~。終業式に、松橋さんに見てもらいながら仕上げようと思ってたのに、あの雪で休みになっちゃったでしょ? LINEで対応してくれて、助かりました。ありがとー。おかげで、ちゃんと渡せました」


 三鷹みたかさんへのクリスマスプレゼント、頑張って編み編みしていましたもんね。主、松橋さんに深々と頭を下げました。


「そ、そんな… いいの、いいの…」


「はいはいはい、お待たせしました」


 松橋さんの言葉を遮って、笠原先生が入ってきました。始業式が終わったので、スーツの上に白衣を着ています。

 朝、寝ぼけていた笠原先生のぼさっとした髪に櫛を入れて、伸びた襟足を結わいたのは、桃華ちゃんでした。そんな姿、教壇の上の笠原先生からは、想像つきませんけれどね。


「本来なら、連絡事項を告げて解散ですが、今日はここからが本番です」


 笠原先生の一言に、教室がざわつきました。


「あなた方は春になると、問題がなければ3年生になります。我が校では、3年の春に修学旅行があります。まぁ、受験前の最後の娯楽ですね。その行き先は、学校が用意した中から、クラスで選ぶことが出来ます。が…」


 笠原先生が言葉を切ると、クラスの中には異様な緊張感が走って、生唾を飲み込む音も響きました。


「例年、国内しかないんですが、今年は海外が1か所…」


「うおおおおおお!!」


「海外だってよ!!」


「ヨッシー(義人)、どこどこ?」


「ハワイ? グァム?」


「私、ラスベガス行きたい!」


「えー、修学旅行なら、フランスのベルサイユ宮殿を希望~!」


「ベニス!!」


「南極!!」


 『海外』の言葉に、教室が一気に湧きました。大興奮です。隣のクラスからも歓声が上がっています。


「はいはいはいはい、落ち着きましょう」


 そんな興奮を、笠原先生はいつもより大きく手を叩いて鎮めました。


「今、隣のクラスの歓声が聞こえましたね? 修学旅行はB組だけで行くのではありません。A組~H組まで8クラスあります。特進科留学コースのD組も、この修学旅行の後に留学します。海外は1か所だけで、あとの7か所は国内です」


「えー、どうやって行先決めんの?」


 男子の質問に、笠原先生は窓の外を指さしました。


「… もしかして」


「はい、その『もしかして』です」


 廊下側の子が立ち上がり、窓際に来ました。それを皮切りに、クラス中が窓際に集まって、校庭を見下ろしました。校庭の真ん中に、雪のリングがデデン!!と鎮座しています。


「今日、これから、修学旅行の行き先をかけて、数名のクラス代表に戦って頂きます。あ、帰宅が遅くなることは、学校から保護者の方々へメール連絡済みです。アルバイト等で時間がない生徒は、帰宅しても構いませんよ。何せ、急すぎますからね」


 そうは言われても、皆の頭の中は『海外旅行』で埋め尽くされています。用があった子は、先生の前でもお構いなしにスマートフォンで連絡を入れて、誰一人として帰る子はいませんでした。

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