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第108話 雪とワンコとハイヒールと乙女心

■その108 雪とワンコとハイヒールと乙女心■


 皆さんこんにちは、ボク、ミタカさんちのワンコ、秋君です。


 クリスマスイブ前日に降った雪は、なかなか解けきりませんでした。あの後も、夕方になるとチラチラと舞い落ちて、商店街の人達は毎朝雪かきです。オウメちゃんのお父さんのシュウジさんと、モモカちゃんのお父さんのユウイチさんも、いつもより1時間早起きして、お店の前を雪かきです。裏の玄関前や庭は、ボクのご主人様達先生組とサエキ君が、頑張っています。おかげで、お散歩は出来ています。足、冷たいですけれど。


 ご主人様達、この雪で冬休み中に学校に行くことが無くなって、お家でお仕事なんです。

お仕事は、このお家の炬燵こたつでするので、皆いてくれます。ボクは嬉しいですけど、もちろん、邪魔はしませんよ。炬燵布団の上で丸くなってるのが、ポカポカして大好きですもん。


 今日もご主人様達は、朝からお仕事です。炬燵の上は、お仕事の本や紙がたくさん置いてあります。


「部活が出来ないのが、難点だよなー」


 ウメヨシさん、パソコンに向かいながらボヤキます。


「冬休みなんて、すぐに終わりますよ。今、集中して3学期の準備が出来れば、年明けはゆっくり出来るでしょう」


 ウメヨシさんの隣に座っているカサハラ先生は、すんごい厚い本を読みながら珈琲を飲んでます。あ、カサハラ先生、その丈の長いニットカーディガン、前着ていたものより綺麗ですね?クンクンすると、モモカちゃんの匂いがしますよ。


「正月まで、あと3日か…。

 なぁなぁ、笠原ぁ~そのカーディガン、桃華ももかちゃんからだろう?」


 ウメヨシさん、お仕事の手を止めて、珈琲を飲みながらカサハラ先生とお喋りです。


「手芸部で作った作品だそうです。部活顧問が受け取っても、問題はないでしょ? って、言われましたよ。以前のモノより、上手くなっていますよね。暖かいですよ」


 ポケットに模様が入ってて、カッコいいです。


「そりゃぁ、暖かいだろうさ。気持ちがタップリ入ってるから。… 三鷹みたかのアレも、手芸部で作った作品だって?」


 ウメヨシさんの言う『アレ』は、ご主人様が抱っこしてパソコン作業をしている大きなピンクのウサギのぬいぐるみと、首に巻いてる深い青のマフラーです。二つとも、オウメちゃんがクリスマスプレゼントに、ご主人様にくれたモノですよ。


 マフラーの端っこには、王冠を被って珈琲カップを持ったスマートなカエルさんが、上手に刺繍されているんです。ウサギのぬいぐるみのおかげで、ボクはご主人様に吸われることが無くなりました。ご主人様に吸われるのイヤだったんで、メチャクチャ、ありがたいです。


 ご主人様、家にいる時は殆どウサギさんを抱っこしています。寝る時もです。抱っこしながら、たまにオウメちゃんの名前を呼んだりしています。


「末期ですね、あれ」


「末期だな、あれ」


 ウメヨシさんもカサハラ先生も、珈琲を飲みながらご主人様を見ています。ご主人様、ご機嫌ですね。顔には出てませけど、ボクには分かりますよ。


 ピンポーン!


 玄関でチャイムが鳴りました。


「ん?夕飯の差し入れにしちゃぁ、少し早いかな?」


「時間的に、秋君のお散歩じゃないですか?」


 ご主人様がパソコン作業の手を止めないんで、ウメヨシさんが玄関に向かいました。ボクも、お出迎えに付いていきます。


 … ウメヨシさん、オウメちゃん達の匂いじゃないですよ。この匂い、あの人ですよ。


「ワンワン!」


「ん? 秋君どうしたのさ」


 教えてあげたボクを抱っこして、ウメヨシさんが玄関を開けました。


「… あら~、どうしたんですか?」


「東条先生、会いたかったですぅー」


 そこに立っていたのは、ダウンジャケットを着こんで、髪をクルクルに巻いた女の人でした。大きな紙の袋を持ってますね。香水とお化粧の匂いが強いですけど、この匂いはミシマ先生です。お顔、いつもより濃い目ですけど、ボクには分かりますよ、匂いで。いつもより、臭いですけれど。


「終業式の日に、先生にクリスマスプレゼントを渡そうと思って用意していたんですけれど、あの雪で冬休みに入っちゃったじゃないですかー。あ、開けっぱなしだとお家冷えちゃいますよね、ごめんなさい、気が利かなくって。お邪魔しますー」


「いや、ちょっと待って…」


 ミシマ先生、すんごい勢いで息継ぎなしで喋りながら、ウメヨシさんを押しのけてお家に上がりました。

 あれ、ノンブレスって言うんですよね? モモカちゃんが教えてくれましたよ。あ、ボクから逃げてますよね? 今、壁に背中付けて通りましたよね。しかもミシマ先生、この雪の中をハイヒールで来たんですか? 凄いですねー。


「あ、先生方、お邪魔しますね」


 ミシマ先生は、ご主人様とカサハラ先生にご挨拶すると、ダウンジャケットを着たまま、スルンって炬燵に入りました。


「ちょっ、三島先生!」


 慌てて、ウメヨシさんが戻ります。


「三島先生、本当にお邪魔です。すみませんが、この家は女人禁制ですので、すぐにお引き取り下さい」


 カサハラ先生、もう少し言い方があるんじゃないかと、さすがのボクでも思いますよ?


「そんな冷たい事、言わないでくださいよ。外、すんごく寒くって~。冷えは女性の敵って言うじゃないですか。少し、温まらせてくださいよ」


 ミシマ先生は、カサハラ先生の言葉にちょっと身を引きつつも、両手を炬燵の中に入れました。


「どうして、ここが分かったんですか?」


 ウメヨシさん、どうしたものかと、ミシマ先生の横で立ったまんまです。


「小暮先生が教えてくれましたよ。

水島先生、可愛らしいウサギさんですね。なんだか、イメージが変わりますね。見せてくださいよ~。あ、ごめんなさい、私、笠原先生と水島先生のプレゼントは用意していないんです」


… 分かりましたよ。ミシマ先生が早口なのは、ウメヨシさんやカサハラ先生に話をしてほしくないんですね。特に、カサハラ先生に。口でも負けちゃいますもんね。


「でね、東条先生…」


ピンポーン!


 ミシマ先生が紙袋をガサガサした時、また玄関のチャイムが鳴りました。


 あ、この匂いは…


「ワン!」


 ご主人様、オウメちゃんとモモカちゃんですよ。お散歩ですかね?

嬉しくて、尻尾がブンブンしちゃいます。


「行く」


 ボクが嬉しそうにお返事をしたから、ご主人様も分かったみたいです。ウサギさんを置いて、立ち上がったんですけれど…




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