■その107 クリスマスの妖精・プレゼントは私の代わりに…■
商店街の外れの郵便局前。夕日を反射して、降り積もった真っ白な雪が、うっすらとオレンジ色に輝いています。
小柄な体を包む、白いファー付きのフードのついた真っ赤なマントコート。薄く入れた紅茶色の猫っ毛を、ゆる~く巻いたハーフアップ。赤いリボンの髪留めが、キラキラしています。真っ白な手袋と、モコモコの赤いブーツ。黒い子犬を抱っこして、手に持っているお散歩バッグの中には、お散歩グッズと黒い折りたたみの傘が1本。どこに行くにも、
「すまない、待たせた。寒くはないか?」
慌てて出てきた
早朝4時からの雪かきは、子ども達のプレゼントを開けるイベントと朝食を1回目の休憩、昼食を2回目の休憩として、その後15時まで続きました。午後は雪かきをする先生組の周りで、双子君達や佐伯君、秋君が雪合戦や雪だるまを作って遊んでいました。ちなみに、お店の前は修二さんと勇一さんのお父さん組が頑張りました。
「秋君が暖かいから。フフフ… 秋君、湯たんぽね」
「くふぅ」
主が優しく秋君のお顔にほっぺをスリスリすると、秋君は甘えたような声で小さく鳴きました。
「郵便の時間、間に合いました?」
本当は、今日は終業式だったんです。けれど、この雪で交通機関が麻痺してしまったので、急遽お休みになりました。その代わり、クラスを持っている笠原先生は、生徒達に渡すはずだった『成績表や手紙類を郵送する』というお仕事が出来ました。もちろん、梅吉さんと三鷹さんはお手伝いです。
雪かきが終わった後、3人で大急ぎで準備しました。そして、郵送する分を秋君のお散歩ついでに、郵便局に出しに来たんです。
「ああ、間に合った。秋、歩かないと、散歩にならないだろう?」
三鷹さんが、主の腕にスッポリはまった秋君に声をかけますが、秋君は鼻を1回鳴らしただけです。
「
良い子良い子と秋君をナデナデする主を見て、三鷹さんは溜息を一つ。… 三鷹さん、焼きもち焼いてるの、僕は気づいていますよ。
「スーパーの前に、薬局に寄ってもいい?」
「ああ。何を?」
「佐伯君の湿布。アバラが痛むみたい。お父さんの手伝いや、雪かきやったからね、きっと」
主はスッと、三鷹さんの左腕に手を回しました。本当は、すっごくドキドキしています。恥ずかしくて、緊張して、三鷹さんの顔が見れないから、秋君の垂れた耳を見ています。
「ちょっとだけ…」
主、雪に吸い込まれちゃうんじゃないかって言うぐらい、とっても小さな声でおねだりです。
「秋、
三鷹さんは大きな右手で秋君を抱き上げて、主がしていたように、右腕だけで胸の前で抱えました。秋君、ちょっと不服そうな顔ですが、雪の上を歩くよりは… と、素直に丸くなりました。
「桜雨」
そして、主に見えるように左手をグーパーグーパー、開いて閉じてと見せました。
「はい」
主、嬉しそうに返事をして、その大きな手に自分の小さな手を絡めました。手袋越しでも、三鷹さんの温もりが伝わって、主は満足そうです。ただ、やっぱり恥ずかしくて顔は見れません。三鷹さんは、いつも主の歩幅に合わせて歩いてくれます。今日は、雪も積もっているので、余計にゆっくりです。
「佐伯君、図鑑を喜んでくれて、良かった。桃ちゃんが動画を取っていたから、グループLINEに上げたの。松橋さん達も、佐伯君が喜んでくれたの、嬉しいって」
佐伯君へのクリスマスプレゼントは、白川家、東条家、先生組、松橋さん、田中さん、大森さん、学級委員長、皆からのプレゼントでした。
「ああ」
三鷹さん、素っ気ないです。なんで素っ気ないのか、主は分かっているんですよね。拗ねてるんです。せっかく二人っきりなのに、自分以外の男の人の名前を出したから。
「あのね、三鷹さん… 私にもサンタさん来てくれたの」
大通りに出る手前で、主は足を止めました。まだ、下を向いたままです。
「メッセーカードと、凄く素敵な真っ赤な1輪の… 私、ちゃんとお返事したいな」
ようやく少しだけ顔を上げて、上目使いで三鷹さんを見ました。
「代わりに、俺が聞こう」
三鷹さん、繋いだ手に軽く力を込めました。
「… 来年のお誕生日に、ホトトギスのお花をプレゼントさせてください。
って、伝えて?」
「ホトトギス?」
「うん」
三鷹さんの辞書に、ホトトギスの花言葉は入ってないようです。小首を傾げた三鷹さんに、主はニッコリ微笑んで頷きました。
「湿布を買ったら、スーパーね」
そして、軽く手を引っ張って大通りに出ました。
■
買い物から帰ると、主は夕飯の支度です。三鷹さんはお仕事が残っているからと、アパートに戻りました。秋君を連れて。
三鷹さん、ドアを閉めた瞬間、抱っこしていた秋君のお腹を吸いました。
「… ぐぅぅぅぅ」
秋君、微妙な顔で小さく唸りました。
「桜雨」
「不健全」
三鷹さんの呟きに、まだパソコン作業をしていた笠原先生が部屋の奥から突っ込みました。が、構わず秋君をスーハースーハー…。
ピンポーン。
そんな時に、ベルが鳴りました。
「三鷹さん、桜雨です」
「どうした?」
変わり身が早いです。三鷹さんは秋君を足元に置いて、背筋を伸ばして、何事もなかったかのように、玄関のドアを開けました。
「!!」
瞬間、目の前にあったのは、とっても大きなピンク色のウサギのぬいぐるみでした。首に、深いブルーのマフラーをしています。驚いた三鷹さんは、視線を横にずらしました。
「あの、これ… 抱き枕。手芸部で作ってみたの。男の人にどうかな? って思ったんだけれど、三鷹さん、疲れた時に秋君っを吸ってるみたいだから…。秋君、微妙な顔をしてるから、良かったらこっちを使ってくれればなって…」
ひょこっと主が横から顔を出した瞬間、三鷹さんと視線が合って、ポン! と顔が赤くなりました。
「ありがとう。大事に使う」
三鷹さんが受け取った瞬間、主はペコっと深くお辞儀をして、走って家に戻りました。三鷹さん、主が雪で転ばないかとハラハラしていましたけど、無事に玄関に入ったのを見とどけて、ホッとしました。
「マフラー…」
ウサギのぬいぐるみに巻かれていたマフラーに、三鷹さんは見覚えがありました。主が家事の合間、学校の休み時間と、隙間時間でクラスメート達と少しづつ編んでいたモノです。三鷹さんがその姿を見ていたのは文化祭前だったし、他の子も編んでいたので、てっきりファッションショーで使うモノだと思っていたんですよね。実は主、文化祭の後は、三鷹さんに見つからない様に隠れて編んでいたんですよ。
「三鷹、20分ほどしたら、夕飯らしいですよ」
ウサギのぬいぐるみを抱きしめて、スキーウエァーのまま寝室に駆け込んだ三鷹さんに、笠原先生はパソコン作業をしながら伝えました。その手元には、グループLINEが開かれたスマートフォンがありました。
「桜雨…」
三鷹さん、さっそくウサギのぬいぐるみを力いっぱい抱きしめて、ベッドに倒れ込みました。スキーウエァーのままです。
ベッドと本棚、作業用の机だけの部屋の壁は、主の写真が所狭しと張り付けられています。ポスターサイズから普通の写真サイズ、小さい頃やランドセル姿・・・写真のサイズも写っている年齢も様々です。笠原先生が前に行っていた『気持ちの悪い寝室』って、これの事だったわけで・・・笠原先生と梅吉さんしか知りません。
「そう言えば…」
少し落ち着いたようで、三鷹さんはさっき主に言われた花の花言葉を、寝っ転がったまま、スマートフォンで検索しました。
『ホトトギスの花言葉
・永遠にあなたのもの
・秘めた意志』
三鷹さん、ますますウサギのぬいぐるみを強く強く抱きしめました。
「三鷹、夕飯を食べに行きますよ」
「今、行く」
ドアがノックされて笠原先生に誘われると、三鷹さんはウサギのぬいぐるみからマフラーを外して、自分の首に巻いて部屋を出ました。