■その105 クリスマスの妖精・久しぶりの反省■
主は雪が一番ひどい時に出ていたようで、お風呂に入るまでの短い時間、一番心配していた
ローズマリー、ジャーマンカモミール、ローズのつぼみ、ハイビスカス…
気持ち、ぬるいかな? と感じるほんのり赤いお湯と、美和さんお手製のドライハーブを使ったバスソルトが、ゆっくりと主の体を温めてくれました。ゆっくりしっかり1時間ほどお風呂で温まって上がってみたら、リビングはすっかり温まっていて、美和さんと桃華ちゃんが左右のキッチンに分かれて、夕飯の準備をしていました。双子君達と犬の秋君は、ホットカーペットの上で寝そべって、テレビを見ています。
白いモコモコの部屋着には、長いウサギ耳のフード付き。白い肌を桜色に、ほっぺをそれよりもう少し濃い目のピンク色に染めた主の髪はフンワフワです。そんなお風呂上がりの主に、桃華ちゃんがアツアツの蜂蜜生姜湯を出してくれました。
「ありがとう」
主は、ニッコリ微笑んで受け取りました。ガラス製のオモチャとは分かっていても、主の薬指に指輪がはまっているのを見ると、桃華ちゃんは少しモヤっとします。
「三鷹さんは?」
聞きながら、主は東条家側のダイニングテーブルの椅子に座って、蜂蜜生姜湯をフーフーします。
「仕事が残ってるからって、家に帰ったわ。夕飯は、後で兄さんが取りに来るから、私達は家から出ないように。ですって」
桃華ちゃんはキッチンに戻って、サラダを作り始めました。三鷹さん、梅吉さんと笠原先生と一緒に、タクシーで帰って来たそうです。駅のバスターミナルから商店街の道に入った時、吹雪で真っ白の光景の中に、ポツンと赤い点が動いているのが見えて、それが直ぐにうずくまって動かなくなったから、タクシーから飛び出したそうです。
「イブの前日に、本屋さんに
水島先生の顔が白かったの、雪のせいだけじゃなかったわよね?」
「分かってますぅ…。うん、後で、ちゃんと謝る」
主、ようやく蜂蜜生姜湯を一口飲めました。生姜のピリッとした辛さと、蜂蜜の甘味が口の中に広がりました。
「まぁ、
桃華ちゃん、ポテトサラダですか? 茹で上がったジャガイモを潰すの、いつもより力強いですね。
「LINEに仕事終わったって連絡が入ったから、バス停にお迎えに行けば三鷹さんに会えると思ったの。あと、龍虎達にもだけど… どうしてもイブに渡してあげたくて。皆で選んだものだし」
「そう言われたら、何も言えなくなるじゃない。でも、桜雨に何かあったら、そのプレゼントも喜べなくなるんだからね!」
「はーい。気を付けます」
主がペロッと舌を出すのと同時に、キッチンのドアが開きました。
「ただいまー。疲れたー。ご飯、出来てる?」
脱いだジャケットを腕に引っ掛けて、ゲッソリした梅吉さんが入ってきました。
「帰りました」
いつもと変わらない笠原先生は、東条家の対面カウンターのキッチンで料理をしている桃華ちゃんの横に立つと、パーカーの袖をまくって手を洗い、料理の手伝いを始めました。
「ただいまー。美和ちゃーん、風呂、空いてる? 桜雨ちゃん、お風呂上りか~。可愛いなぁ~」
顔や耳、手を真っ赤にした修二さんは、美和さんが料理をしている白川家の方の対面カウンターに座りました。
マグカップを包み込むように持って、ちょびっとずつ蜂蜜生姜湯を飲む主を見て、修二さんの顔がデレデレになりました。
「帰りましたー。腹減ったー」
修二さんの隣に、お腹をさすりながら佐伯君が座ります。一気に4人帰って来ました。
「「お帰りー」」
双子君達は大きく手を振って、テレビに視線を戻しました。秋君は、嬉しそうに佐伯君の足元に駆け寄って、抱っこしてもらいました。
「修二さん、お風呂入れるわ。佐伯君と一緒に入っちゃってね」
料理をしながら、美和さんが声をかけました。
「え、いや、俺、帰って入ります」
「湯船に、体が良く温まるバスソルトを入れたの。
寒かったでしょう? 温まっていってね」
主とよく似た笑顔は、有無を言わせない圧があります。
「俺だって、お前とじゃなくって、美和ちゃんと入りたいんだ。
それを我慢するんだから、四の五の言うんじゃねぇよ。ほら、入るぞ」
修二さんに首根っこを掴まれて、佐伯君はズルズルをお風呂へと引きずって行かれました。秋君を抱っこしたまま…。
「梅吉君、ご飯、もう少し待ってね」
そんな修二さんと佐伯君をニコニコして見送りながら、美和さんの手元はスピードアップします。
「もちろん、いつまでも待ちます!
母さん達、まだ仕事しているみたいだけれど、お客さんいるの?」
梅吉さん、元気に返事をした後に、美和さんに聞きました。
「タイミング悪く、帰れなくなっちゃったお客様が数人いるみたい」
「そりゃ、大変だ」
言いながら、梅吉さんは主の隣に座りました。
「温まった?」
手にしていたジャケットを椅子の背にかけて、右腕で頬杖をついて主を見ます。その目に、ホッとしたような、まだ心配しているような、ちょっとだけ怒っているような… そんな感情が見えて、主はちょっとだけシュン… となっちゃいました。
「… はい」
「なら、いいや」
そんな主の様子を見て、梅吉さんは「しょうがないなぁー」って言いたそうに少し笑って、主の頭を撫でました。
「梅吉兄さん、あの… 三鷹さん、怒ってる?」
主はチラッと上目遣いで梅吉さんを見て…
「んー… ちょっとだけね」
困ったように言葉を濁した返答を聞いて…
「ごめんなさい、危機感が足りなさ過ぎました」
ジンワリと涙が上がって来ちゃいました。
「… おいで」
梅吉さん、主の手からマグカップを取ってテーブルに置くと、ポカポカしている主の手を優しく引いて、部屋を出ました。
「大丈夫ですよ」
何か言いたげに、心配そうな顔をした桃華ちゃんの手を、笠原先生がキュッと握りました。
「貴女がここに居る限り、彼女はちゃんと帰って来ますよ。今日だって、帰って来たでしょう?」
桃華ちゃんは軽く唇を噛んで、笠原先生の腕に頭を寄せました。
玄関には、コート姿のままの三鷹さんが立っていました。
「三鷹さん!」
主は半べそで、勢いよく三鷹さんに抱き着こうとして、三鷹さんに片手で制されました。待て! です。
三鷹さん、ビクッと止まった主の前で濡れているコートを脱いで端に置くと、両腕を大きく広げました。そのど真ん中に、主はそっと収まりました。
「ごめんなさい。ごめんなさい、危機感が足りなさ過ぎました心配かけて、ごめんなさい」
ギュっ!と抱きしめてもらうと、主の涙は次から次にと瞳から零れました。
「うん」
三鷹さんはそれだけ言うと、主の髪に顔を寄せて目を閉じました。主の暖かさに、ホッとしたみたいです。それにしても三鷹さん、中腰、きつくないですか?
ピピッ!
梅吉さん、ポケットから出したホイッスルを、短く2回鳴らしました。
「これ、クリスマスのサービスな。これ以上は、お兄ちゃん、目を瞑りません」
三鷹さんの舌打ちが、主の耳にも聞こえました。
「そこにずっといても、
梅吉さんの一言に、三鷹さんはムスッとしながらも主を抱き上げて、2階へと上がって行きました。