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第104話 クリスマスの妖精・商店街で遭難

■その104 クリスマスの妖精・商店街で遭難■


 朝から寒いと思っていたら、雪が降りだしました。灰色の重い雲も覆い隠すぐらい大きくて、たくさんの白い雪。次から次に降って、周りはあっという間に真っ白になりました。


 クリスマスのイルミネーションに彩られた商店街も、毎年少しづつ電飾が増えていく個人宅も、刻一刻と白い雪に覆われていきます。それと反比例して、人の出はどんどん少なくなって、サンタさんの格好をしたデリバリーが頑張っていました。


 商店街の隅にある小さなお花屋さんは、入り口からポインセチアや色とりどりのリースで華やかに飾られて、奥に進むにつれてクリスマスローズやシクラメン、プリンセチア、コニファー、セイヨウヒイラギ、ピンポンマム… 店内は沢山の種類と色で溢れかえっています。そこから、真っ赤なサンタさんのマントコートを着た女の子が小走りに出て行きました。


 フードのついた真っ赤なコートは、白いファー付きでとても暖かそうですが、下がり気味の目尻や、白い頬、小さな鼻の頭はコートのように真っ赤です。フードから伸びている平らな紐はリボンに結ばれて、先端の白いファーのポンポンと、フードから出ている薄く入れた紅茶色の猫っ毛のお下げが、赤いリボンと一緒に軽く跳ねています。小さな手を守っているのは真っ白な手袋。ブーツはもちろん、モコモコの赤。袈裟掛けにしている白いまんまるポーチには、引換券一枚と、スマートフォンと、折りたたみの傘が1本。どこに行くにも、桜雨おうめちゃんは僕を持って行ってくれます。


 僕は桜雨おうめちゃんの折りたたみ傘です。持ち手にカエルのシールが付いているから、主は『カエル』ちゃんて呼んでくれます。


 主はバス停に付くと、上がり始めた呼吸を整えながら、屋根の下で時刻表を確認しました。いつもなら、常に5~6人は待っているバス停なんですけれど、このお天気のせいか誰も居ません。


「バス、走ってないのかな?」


 バスの影どころか、道路にタイヤの跡が無いのに気が付いて、主は少し不安になりました。一般車やトラックの影すら見当たりません。主は僕をポーチから取り出しました。


「せっかく、予定より早くお仕事が終わったって、連絡入ったのにね、カエルちゃん。そうだ、LINE…」


 もう一度ポーチを開けて中からスマートフォンを出すと、LINEをチェックしてみようとしたんですけれど…


「うっそぉ…」


 充電切れでした。主はガックリと肩を落として、スマートフォンをしまいました。


「お迎えに来れば、三鷹みたかさんに会えるかと思ったんだけれど… 甘かったかな?カエルちゃん」


 ポン!と僕を開いて、主はゆっくり歩きだしました。駅に向かって。

 主達は学期末テストが終われば、一応ホッと一安心なんですよね。赤点さえ取らなければ。けれど、先生たちは成績を付けたり、赤点を取った生徒達への補習を行ったりと、まだまだ忙しいんです。主や桃華ももかちゃんも、年末のお店のお手伝いで、バタバタしているんですけれどね。朝も早くて帰りも遅いので、最近は学校でしか会えていなくて… テスト前の佐伯さえき君の歓迎会の日は、とっても嬉しかったんです。


「電車もダメかぁ…」


 商店街の中心にある駅に付きました。けれど、改札前には『運休中』の立て看板と、電光掲示板にも同じ文字が見えたので、主はまたまたがっかりです。


「三鷹さん達、歩いて帰って来るのかしら?」


 とりあえず… と、隣の本屋さんに入りました。ここは、主のお気に入りのお店です。そんなに大きくないんですけれど、店内は木目調で統一されていて、暖かいオレンジ色のライトがホッとします。


「いらっしゃい、クリスマスの妖精さん」


「こんにちは、サンタさん」


 出入り口のすぐ横にあるレジカウンターの中から、細いサンタさんが声をかけてくれました。顔なじみの店主は、面長の顔に小さな丸眼鏡がちょこんと乗っています。


「頼まれた図鑑、入っているけど… この天気で持っていくのかい?」


「クリスマスイブは明日ですもん。

朝起きてプレゼントが無かったら、うちのピクシー(妖精)達が、がっかりしちゃう」


「そうだったね。じゃぁ、ビニール袋を二重にしておくよ」


「ありがとう、サンタさん」


 店主は3冊の図鑑をカウンターの後ろから取り出して、1冊づつクリスマス柄の包装紙で丁寧に包みはじめました。主はそれを楽しそうにジーっと見ています。ニコニコ見つめる主を見て、店主もニコニコです。


「はい、お待たせ。これはオマケだよ。新しい出版社の小冊子」


「ありがとう、サンタさん」


 主はポーチの中から引換券を出して、図鑑の入った袋と交換しました。ずっしりとした重さを嬉しく感じて、足取り軽く本屋さんを出ました。が、雪に足を取られて転ばない様にと、直ぐに軽やかさが無くなりました。


「あららららぁ~… ここ、雪国だったかなぁ?」


 2分ぐらい歩いただけで、目の前は吹雪いていて真っ白です。急に、真上から降っていた雪が、真横からに変わりました。


「山の天気は変わりやすいって言うけど、ここ、都会の商店街よね? 私、帰れるかしら?」


 主、ちょっと不安になりました。


「ま、何とかなるよね」


お気楽ですねぇ…


 いつもなら、5分ちょっとの距離です。僕が壊れないようにポーチにしまって、そのポーチも図鑑の入ってる袋と一緒に、コートマントの内側にしまいました。落ちないように抱えているので、はたから見たら、お腹が痛い人ですね。主は確りとフードを被って、吹雪の中を歩き始めました。


 視界も足元も悪くて、唯一外気にさらされている顔は、凍えているんじゃないかと思うぐらい冷たくて、主の歩みはどんどん遅くなりました。手袋もぐっちょり濡れて、手もかじかんできました。


「三鷹さんにも会えないし、雪は酷くなるし、寒いし、冷たいし… カエルちゃん、どうしようか? カマクラ作って、吹雪が収まるのを待とうかなぁ…」


 僕に話しかけながら、主はうずくまっちゃいました。主、今なら、本屋さんはすぐ後ろです。カマクラ作るより、戻った方が早いです! 戻りましょう!


桜雨おうめ!!」


 僕の声が届くはずもなく、後ろから主を抱きしめたのは三鷹みたかさんでした。


「三鷹さん?」


「… はぁ、帰ろう」


 三鷹さん、いつも通りの主の声を聞いて、大きくため息を一つつきました。そして、一気に抱きかかえます。主は下からそっと三鷹さんを見つめて、嬉しそうに口元を緩めました。


 三鷹さんの足は確りと雪道を進んで、5分ほどで無事に家に付きました。お花屋さんは閉まっていたので、玄関から家に入ろうとドアを開けたら、目の前に赤いコートの上にカッパを着て、白の手袋と、赤い長靴を履いた桃華ちゃんが居ました。


「桜雨! いつもいつも、一人で行かないでって、言ってるでしょう!! しかも、こんな天気の日に!!」


 桃華ちゃん、主の顔を見た瞬間、目を見開いて怒りました。主、リビングのテーブルに置手紙一枚残して家を飛び出たので、心配した桃華ちゃんが迎えに出ようとしていたようでした。


「心配かけてごめんね、桃ちゃん。あのね…」


 三鷹さんの腕の中から下りて、主が言葉を続けようとしたら、2階のドアが開きました。


「モモちゃん、お姉ちゃん帰ってきた?」


「お姉ちゃん、お風呂お風呂!」


「桜雨、お風呂入れたから、温まりなさい」


 双子君達がひょこっと顔を出して、美和さんの声も聞こえます。


「… 話は後で。ほら、桜雨、風邪ひいちゃうから、お風呂!!」


 桃華ちゃんは言いながら、すっごい勢いで主の濡れた手袋を外して、マントコートも脱がしました。全部、床に投げ捨てです。


「この天気で、明日の学校はお休みですって。朝から雪かき決定よ。風邪なんてひいてる暇ないんだから。

 水島先生、ありがとうございました!」


 主と桃華ちゃんは同時にブーツと長靴を脱ぎました。そして、桃華ちゃんは2階へと、主を押して歩き始めました。主、大事に大事に辞典の入っている袋を抱えていたので、三鷹さんの服の裾を掴むことも、手を振ることも出来ませんでした。


「三鷹さん、あとで…」


 桃華ちゃんに背中を押されながら階段を上がりつつ、何とか後ろの三鷹さんを見て、それだけ言うのが精一杯でした。そんな主に、三鷹さんは片手を上げて答えました。



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