■その85 エンジン全開遊園地 ■
ハンカチ、テッシュ、スポーツタオル、携帯ブラシ、小さなビニール袋、絆創膏、ウエットティッシュ、小さなクロッキー帳、シャーペン… 僕も忘れずに。
僕の主の
今日は雲一つない、秋晴れの日曜日。主の弟、
東条家の白いワゴン車で、梅吉さんの運転で出発です。
が… 皆、家の玄関ポーチで集合した瞬間、一人に注目が集まりました。
「「誰?」」
双子君達が、一同を代表して聞きました。
耳にかかる位の艶やかな黒髪、真っすぐ前を見据える焦げ茶色の瞳は、くっきりした二重で気持ち吊り上がり気味。筋の通った小さめの鼻。梅吉さんや三鷹さんとは少し違ったカッコよさがあるその人は、長身で、細身で、猫背です。
「笠原
なら、猫背も伸ばした方がいいと思いますよ。
そんなこんなで、一行は遊園地に向かって出発しました。
双子君達は、嬉しくて嬉しくて、車の中からエンジン全開です。主や桃華ちゃんは、そんな双子君達を、手遊びや歌で暴れだしそうなのを何とか抑えていました。主、そんな中でもたまにクロッキー帳を広げて、ササササササーとクロッキーしていました。
車を降りた瞬間、遊園地のゲートに向かって走り出そうとした双子君達のパーカーのフードを、三鷹さんが鷲掴みにしました。
「少しは落ち着いて。絶対、一人で行動しちゃ駄目。迷子になったら、直ぐに係の人に助けてもらってね」
主は双子君達の前に立つと、二人のスニーカーの紐をチェックしながら、真面目に言います。
「「はーい」」
双子君達が右手を上げて元気に返事をすると、
「じゃぁ、入りましょ」
先頭に立って歩き出した桃華ちゃんの声も、弾んでいます。
そんな桃華ちゃんの右手を、小走りに追いついた主が握りました。
まずは、肩慣らしにコーヒーカップです。保護者三人は見ていましたが
「お姉ちゃんも、桃ちゃんも、回すの遅い!!」
「ウメ兄ちゃんかタカ兄ちゃん、回してー!!」
とのリクエストで、2回目は主と桃華ちゃんに変わって、梅吉さんと三鷹さんが乗りました。
リクエストなので、動き出した瞬間に、中央のテーブルを力いっぱい回します、三鷹さんが。これでもか!って回すので、他のコーヒーカップの人たちも、並んでいる人たちも、皆ビックリです。
「あー… 兄さん、死んだわ」
「この年になると、あの手の回転に弱くなってくるんですよね」
クロッキーする主の横で、人ごとのように呟く桃華ちゃんと笠原先生です。
「お姉ちゃん、すっごい回った!」
「タカ兄ちゃん、すっごい回した!!」
ご機嫌で降りて来た双子君達とは正反対に、梅吉さんと三鷹さんは足元こそ真っすぐですけど、顔色が優れません。ちょっと、よろけてますね。
「三鷹さん、梅吉兄さん、大丈夫? 少し座る?」
慌てて駆け寄った主の横を、双子君達は元気に走っていきます。
「つぎ、空中ブランコー!!」
「ブランコー!!」
「はいはいはい」
その後を、笠原先生が素早く追いかけました。慌てて、桃華ちゃんも続きます。
「飲み物、買ってくる」
近くのベンチに、梅吉さんと三鷹さはん崩れるように座り込みました。なだらかなアーチをかく背もたれに、背中と頭を預ける二人に声をかけて、主は近くの自動販売機に走りました。
3本のミネラルウォーターを買って戻ってきた時には、梅吉さんの姿がありませんでした。キョロキョロ回りを見ながら、三鷹さんの隣に座りました。
「三鷹さん、お水」
主がペットボトルを差し出すと、三鷹さんはズルズルと体を横に倒して、主の膝に頭を置きました。
「三鷹さん」
ビックリして少し慌てる主に、三鷹さんは眩しそうにちょっとだけ目を開いて言いました。
「誰も見てない。見てても、具合悪いと思われてる」
そして、ちょっとだけ笑って目を閉じました。
「少しだけ…」
そう呟いて、三鷹さんは軽く寝息を立て始めました。
「お疲れ様です」
主はそう言うと、ゴソゴソとリュックから僕を取り出しました。僕はポン!と広がって、主と三鷹さんに影を作ります。これで、眩しくないですよね?
三鷹さん、疲れているはずです。寝不足ですよね? お仕事たくさんあるのに、頑張って時間作ってくれたんですもんね。双子君達の為に、体力も使ってくれたんですもんね。
そんな三鷹さんの頭を、主は優しく撫でながら、子守歌代わりにCMの歌を歌いました。囁くその歌声は、やっぱり、ちょっと音程がズレていました。