■その84 お兄ちゃんもお姉ちゃんも、弟には弱いのです ■
バスを降りると、商店街の各店はその殆どがシャッターを下ろしていて、街灯だけを頼りに歩くも、行き交う人々の足も早いですね。梅吉、
「だーかーらー、行きたいんだってば!!」
「ボク達だけでも、行くからー!!」
アパートと白川家&東条家の間の道に入った時、聞き覚えのある元気な2人の男の子の声が、家から飛びだしてきました。いや、例えではなくって、実際、白川家の双子が玄関から飛び出してきました。庭に設置されているライトが、2人を感知して付きました。
お揃いのパジャマ姿で… あの2人、今夜は何をしでかしましたかね?
「小学生だけじゃ、危ないでしょう!」
「桃ちゃんも、おねぇちゃんも連れて行ってくれないなら、友達誘って行くもん!」
双子を追いかけて、エプロン姿の東条妹が出てきましたが、洗い物の途中ですかね?片手に泡のついたスポンジを持っています。
「
さらに、追いかけて白川が、やっぱりエプロン姿で出てきました。
弟の
「あ、兄ちゃんたち、お帰り!!」
プリプリ怒っていた双子は、俺たちに気が付いて駆け寄ってきました。
「ただいま。どうした? 何怒ってるのさ?」
すぐさま疲れを隠して双子の頭を撫でる様は、さすが長男ですね、梅吉。三鷹、白川が家に入ったのは、多分、秋君を連れて来てくれるからですよ。そんなに、ガックリ肩を落とさないでくださいよ。
「ねぇちゃん達が、遊園地連れて行ってくれないんだ」
「ほら、タカ兄ちゃんと笠原先生が、お祭りの射的でチケットとってくれたじゃん」
… ああ、とりましたね、遊園地のチケット。なるほど、大人の予定が合わないのですか。
「兄さん達、お帰りなさい。だから、遊園地は来月…」
東条妹、双子と梅吉の会話に入り込もうとして、双子の反感を買いました。
「来月は、サッカークラブの練習や試合で休みないんだもん!!」
「それに、来月はお店も忙しくなるじゃんか!」
「せっかくチケットとったんだから、行きたい!」
「行きたい! 行きたい!!」
確かに、来月は師走ですからね。商店は忙しいですね。
「今度の日曜日は、サッカーあるの?」
「休み」
梅吉は、家族に甘い。シスコンに間違いないですが、この双子にも甘い。だから、考えていることは分かりますよ…
「よし、タカ兄ちゃんが連れて行ってあげよう」
ええ、言うと思いましたよ。
「「本当?!」」
「本当」
全身を使って喜ぶ双子を見れば、確かに甘くもなりますよね。気持ちは分かります。
「えー、兄さん、忙しいし疲れてるでしょう?」
「大丈夫、三鷹も笠原も一緒だから」
言うと思いましたよ。って… いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ?気持ちは分かりますが、何勝手な事を…
「梅吉兄さん、無理しないで」
「ワン」
大きな鍋を抱えた白川と、御主人の帰宅に尻尾を振って喜ぶ子犬の秋君が、家から出てきました。ああ、夕飯を取りに行ってくれたのですね、ありがたい。
「皆で行こう」
三鷹、貴方まで! 鍋を受け取りながら、見つめあっていないでくださいよ。その距離で我慢しているのは努力を認めますが、小さな子供が居るんですよ。
「ホント? 連れて行ってくれる?」
「嘘は駄目だかんね! 雨でも行くからね!」
「先生は、嘘つかないよ」
喜びの舞を踊る双子を見ながら… 梅吉、魂抜けていませんか? 自分から言い出しておいて、それはないですよね?
「兄さん、本当に大丈夫? 今、凄く忙しいでしょう?」
さすが妹、よくわかっていますね。
「テスト前だからと思って、「行けない」って言っただけだから、私と
「うん。勉強は帰ってからでも出来るし。
この2人は、本当に「おねぇちゃん」ですね。もっと自分の事を優先しても、誰も怒りはしないのに。そう思うから、俺も甘くなるんですかね。
「俺たちも、1日ぐらい時間は取れますよ。そもそも、日曜日は勤務日ではないのですから、仕事をしなくてもいいんです」
ほら、嬉しいのに、こっちに負担を掛けまいとその感情を何とか隠そうとするのは、いじらしいじゃないですか。まぁ、隠しきれていませんけどね。
「大丈夫だ、行こう」
「うん」
白川と三鷹は、すっかり二人だけの世界ですけどね。秋君、三鷹の足元で一生懸命尻尾振っているより、こっちに来た方が寂しくないですよ。
「じゃあ、お言葉に甘えるわ。それと、今、ご飯運ぶから。
桜雨、行こう」
「うん。三鷹さん、着替えてね。後で渡してくれれば、梅吉兄さんの道着と一緒に洗うから。
ほら、龍虎ももう寝る時間過ぎてるんだから、歯磨きよ」
まぁ、こっちを見て、耳まで真っ赤にするさまは、可愛いとしか言いようがないですよね。照れ隠しで、白川つれて家に入ろうとするのも、可愛いですけどね。
「兄ちゃんたち、約束ね。お休み!」
「秋君も、お休み!」
双子は、これから寝ようとするとは思えない元気さで、2人の姉を追いかけて家に入って行きました。その逆方向に、俺たちは進みます。
「さて… スケジュールの組み直しです。日曜日までに、最低でもテスト問題は作り終えますよ」
「「…はい」」
小さすぎませんか?その返事? しかも、子ども達の前では隠していた疲れが、体全体にどっと出て来てますよ。二人とも、顔色が悪いですね。
アパートの階段を上がって俺は自分の、梅吉と三鷹は隣の三鷹の家のドアの前で足を止めました。
「まぁ、まずは、美味しいご飯を食べましょう」
「はい!!」
「近所迷惑!」
今度は、声大きすぎですよ! まぁ、ご飯、とっても美味しいですからね。俺も、このご飯が食べたくて、ちゃんと帰って来ているようなものですから。
食べたら、仕事のペースを上げますかね。俺も、東条妹と行く遊園地は楽しみなので。
そして、ようやく家の鍵を開けました。