■その83 テスト作りを侮るなかれ ■
文化祭は無事に終了。当初、不安が多かったものの、生徒の頑張りと周囲の協力で何とか乗り越えましたね。
予想以上の生徒達の団結力が見えた事、生徒一人一人の得意分野を伸ばせた事、進路への良い刺激になった事等、収穫は十分ですね。まぁ、その反面、学校側が出している学習面・進路スケジュールが押したり、他クラスとの軋轢が生じたり、危険行為等もありましたが… まぁ、想定内ですね。
科学部のブースも、これといった問題は無し。ガス、火の取り扱い、安全確保も十分。
外の露店ブースは、ガスボンベや電気確保、混雑時の人の流れ等、各ブーステントの間隔の見直し必須。これに関しては、初日に予定より間隔をあけてテント設置で対応。
あとは…
皆さんお疲れ様です。
先日行われた、文化祭の報告書等が、ようやく終わりそうです。ここ数日、雑務等も重なって、就業開始も1~2時間早く、終了はバスの最終にギリギリ間に合うと言った、ハードスケジュールです。
「笠原せんせー、まだ仕事終わらない? ってか、フードこんなに深く被ってて、見えにくくないの? 最近、ずっと被ってるけどさ、ハゲでも出来た?」
肩口からパソコンモニターを覗いているんですから、どんな状況か、分かるでしょうに。パーカーのフード? 気にもなりませんよ。それより、パソコン作業が多くて、眼精疲労が辛いですね。
「フサフサです。ストレス性の脱毛なら、いつなっても可笑しくないですがね。東条先生、4分の1は、誰かさん達の尻ぬぐいですよ。もう暫くかかります」
「悪かったって、そう睨むなよ。お詫びに今日の夕飯、鮭で何か一品用意してもらうからさ」
梅吉、帰る準備は万端ですね。そう言えば、職員室に残っている先生方も、だいぶ少ないですね。
「作ってくれるのは、貴方ご自慢の可愛い妹達でしょう? 彼女達もそろそろ学年末前で、勉強が忙しいんじゃないんですか? 学業を疎かにさせるわけにはいきませんよ」
そう、文化祭の書類が終わったからと、肩の力を抜いていられないんですよ。学年末テストが2週間後には控えているので、テスト問題と解答を作らないと。それを作りながら、2学期終了間近に予定している進路相談の準備…
ああ、頭が痛い。
「なー、
まぁ、俺も今夜あたりから、テスト問題作るつもりだから、
「では、俺も、そっちに帰ります」
「OK、OK。夕飯3人分、三鷹の部屋に運んでおく。だから、そこそこにして帰って来いよ。お先―」
間違えが起こるはずもないのですが…
梅吉は、職場が妹達が通う学校の為、テスト問題や解答作成、採点の仕事は、家では行わず、その間は三鷹の部屋に籠っています。俺もそこに混ざるようになったのは、何時の頃からでしたか… 学校から近いし、仕事に没頭できるし、何かあったら三鷹や梅吉が対応してくれるので、良い環境なんですよね。
結局、三鷹の隣に引っ越ししても、テスト前は変わりがないわけで…
ガシャン!!
少し、仕事内容から頭を解放していたので、隣の隣、三鷹のディスクから大きな音がして、驚いたじゃないですか。
「三鷹、生きてます?」
「… 帰る」
脱力して椅子に座るのは良いですが、剣道着のまま帰るのですか?まぁ、学校前からバスに乗ってしまえば、たいした距離でもないですからね。バスから降りて、家まで商店街の中をその恰好で歩くのも、三鷹なら気にしないでしょうしね。匂う事を気にしなければ。
「今日から、梅吉と詰めさせてもらいますね。夕飯、梅吉が運んでおいてくれるそうですよ」
「
三鷹は三鷹で、問題発生中ですからねぇ。
文化祭の後に転校してきた佐伯、三鷹を追いかけて転校してきたんですから、そりゃぁ剣道部に入って、稽古に励むでしょうよ。まぁ、剣道に関しては純粋に頑張っているようですけれど。
顧問の沢渡先生や他の部員達では相手にならない腕前のようで、三鷹とほぼワンツーマンと聞きましたね。
佐伯に関しては、日頃の生活態度に問題がありすぎですがね。他の先生方から、指導を徹底してくれとのクレームがジャンジャン入ってますから。
しかし、あのタイプは押さえつけてもその分反発しますからねぇ…。三鷹と剣道をして、余計なエネルギーを発散させるのが一番なんですが、若いせいか回復も早い。
「まぁ、お前なら、何とか出来るでしょう? 東条先生や水島先生もいるし」
って、学年主任に丸投げにされたんですけれど。おかげさまで、仕事が増えました。
三鷹も、白川との時間が上手く取れなくて、ストレスが溜まっている感じですね。まぁ… それに関しては、こちらも同様ですが。
帰ると言っておきながら、なかなか椅子から動きませんが… 大丈夫ですかね?
「水島先生、俺も帰りますから、行きましょう」
身動ぎ一つしない三鷹を、このままにしておくわけにはいかないですからね。俺の頭も、考えが纏まらなくなってきましたし。帰りますか。
「ほら、水島せん…」
荷物をまとめてショルダーバッグに詰めて、弛緩しきった三鷹の腕を取った時、職員室の前方のドアから、梅吉が騒がしく入ってきました。
「だから、もう帰るんですって。
帰って、テスト問題作らないと」
「えー、2時間ぐらい、いいじゃないですかぁー。
ご飯、行きましょうよ、東条先生。
ほら、以前、親睦会で使ったあの呑み屋さん。
あそこなら、先生のお宅も近いんですよね?
近場で呑めば、帰宅も楽ですよ」
帰ったかと思った梅吉が、三島先生の腕組から逃れながら・・・こっちに来ないでくださいよ。
面倒くさい。
「ほら、笠原先生も、水島先生も一緒なんですって」
「えー、今日ぐらい、私とでいいじゃないですか」
三島先生、今日はなかなか引きませんね。
残ってる先生方も、面倒なのか、顔も上げませんね。
「私、奢りますからー」
「そう言う事じゃなくて・・・」
梅吉、目と言わず顔全体でSOSを発しないでくださいよ。
うっとおしい・・・
「三島先生、テスト問題作成は、もうお済ですか?」
まぁ、鮭の為に助けますけれどね、鮭の為に。
「いいえ、これか・・・」
「では、早々に作成された方がいいですね。
2学期の期末は、思ったより作成期間が短いですし、同時に正解率の低いであろう問題に関しては、再テストもしくは赤点対策等をとっておかないと、後々時間が無くなりますし、生徒にも迷惑をかけますよ。
先生の受持ちは1年生ですが、2学期の学習がきちんと理解していないと、2年生になって苦労するのは生徒です。
その為にも、2学期末テストでつまずきを生徒自身に確認させて、きちんと消化できるように再テストや赤点対策を考えてあげてください。
そして、3学期に臨ませてあげてください。
その為には、テスト問題もただ作ればいいという訳ではありませんよね?」
「あ・・・はい・・・ソウデスネ・・・」
食い気味に話し始めただけで、圧はかけていませんよ。
三島先生が、勝手に圧を感じて、後ずさりしているだけです。
まぁ、三島先生以外にも、この話が耳に痛い先生はいますけれどね。
そんな先生方が、生徒に格下認定されるようになるんですがね。
「それと、東条家の食事は、栄養バランス、味、見た目に完璧です。
東条先生は、それをとても楽しみにしています。
このくそ忙しい時期に、ささやかな楽しみを奪わないでやってくれますか?
ストレスが溜まる一方なので。
それか、東条家の食事を上回る物を、用意されますか?
まぁ、食事は食べれればいいというわけでもなく、「誰と」食べるかも肝心ですがね」
「ソウデスカァ・・・」
俺も、楽しみなんですよ。
このくそ忙しい時期の、ささやかな楽しみ、いえ、癒しの時間を、これ以上短くしないでもらいたいですね。
顔を合わせる時間が短いんですから、手料理ぐらいゆっくり味わって食べたいんですよ。
鮭が待っているんですよ、美味しい鮭が。
目が点になっている三島先生の横を、いつの間にか復活した三鷹が通りました。
「梅吉、笠原、行こう」
三鷹、せめて三島先生に会釈ぐらいしなさいよ。
「では、失礼します」
「三島先生、また明日―」
固まっている三島先生をそのままに、俺たちはサササーと職員室を出ました。
結局、着替えはしないんですね、三鷹。
まぁ、上着を羽織っただけでも、良しとしますか。
バスの窓は、開けておきましょう。