■その82 青春って、いいね ■
文化祭の翌日の月曜日は、振り替え休日です。
片付けのある僕の主と
2年B組は片付けの前に、文化祭の打ち上げを教室で行いました。もちろん、発端の赤井先輩やそのお友達たち、笠原先生、梅吉さん、
写真や作品を飾ったままの教室で、ソフトドリンクとお菓子で乾杯です。編集したファッションショーのDVDも上映されました。赤井先輩、ずっと泣きながら「ありがとう、ありがとう」と繰り返しています。
「皆さん、僕の我儘にぃ… ごごまでぇ… あんなにぃ… ありがどうございまずぅぅぅ」
挨拶も大泣きしながらなので、ちゃんと聞き取れません。もう、涙も鼻水も区別がつきません。べちょべちょの顔です。
「先輩、楽しかったよ」
「普通じゃぁ、出来なかったよね」
「いい経験でした」
「俺、ランウェイ作るんで、親父に色々教えてもらったんだけどさ、親父も親父の仕事も、見直したよ。先輩、ありがとうな」
「私もメイクの勉強できて、楽しかった」
泣きじゃくる赤井先輩に、クラスの皆が感想やお礼を言います。
「裏方、楽しかったー」
「お客さんの拍手とか、歓声、聞いててすっごく気持ちよかったね」
「でもさ、ここまで出来るなんて、思わなかったね」
「喧嘩もあったしね」
「そーそー、殴り合いは、さすがに引いたわ」
「水ッチの鉄拳制裁、久しぶりに見た」
「でも、あそこで水島先生が止めてくれなかったら、大惨事になってたわよ」
「予算もギリギリで、胃がキリキリした…」
「終わり良ければ総て良し。青春で、いいじゃん」
主も桃華ちゃんも、喧嘩があった事も、三鷹さんが鉄拳制裁したのも初耳でした。主は思わずクラスの一番後ろで、梅吉さんと大人しくしている三鷹さんを見ました。その視線から顔をそむける所を見るに、三鷹さん、ばつが悪いんですね。
「作品もショーも出来たことは、当然嬉しいんです。でも、それ以上に、皆と一緒に頑張れたこと、最後までやり遂げたことが嬉しくて… とても素敵な時間を、ありがとうございました。きっと、社会に出て辛いことがあっても今回の事を忘れなければ、歯を食いしばって踏ん張って、頑張れると思う。そう思うのは、青臭いかな? でも、それぐらい、今回の経験は、僕の中で宝物になりました。
導いてくれた先生方、一緒に頑張ってくれた皆、本当にありがとうございました」
赤井先輩は、見かねた女子から借りたハンカチで顔を拭きながら、深々と頭を下げました。皆、暖かい拍手を赤井先輩に贈ります。で、先輩はまた号泣です。
「はいはいはいはい」
そんな温かな雰囲気を、笠原先生の手を叩く音が破りました。
「では、そろそろ終焉です。後の余韻は、各自で楽しんでください。未処理の領収書をお持ちの方、本日中に会計さんに提出して処理してもらってください。作品や写真は、話し合いをして持ち帰りで結構です。明日にでも、学校側から文化祭の感想文の宿題が出ると思いますが、反省文を書く必要がある方は、感想文と一緒に提出してください。ああ、水島先生と東条先生の反省文は、学年主任に提出願います。
それと、2学期終了までのスケジュールとして、学期末テストと進路指導がひかえていますので、気持ちの切り替えをお願いします。燃え尽きるには、早いですからね。では、後は、委員長に任せます。制限時間は2時間です。
職員室にいますので、何かありましたら、お手数ですが職員室までお願いします。では、片付けを開始してください」
笠原先生、切り替えが早いです。それに、直ぐに反応できるクラスの皆も、凄いです。
笠原先生、言うだけ言うと、さっさと教室を出て行きました。梅吉さんも三鷹さんは教室に残って、力仕事や高いところの仕事を、率先してやっていました。なるほど、このためのジャージ姿なんですね。
作った作品は、欲しい人やジャンケンで引き取り手が決まりました。主は、ワンピースと桃華ちゃんが編んだカーディガンと、小さな白いバッグを。
桃華ちゃんはワンピースと自分で編んだショール、主とお揃いの小さな白いバッグ。
「そ、そのバッグ、東条先生と水島先生の手作りなのよ。ギリギリで、本当にギリギリで仕上げてくれたの」
よく見ると、スズランテープで出来ています。主はその出来に、すんごく感動したみたいです。溜息をつきながら、蛍光灯に向けてクルクルと回して見ています。
「二人とも、手先は器用よね。今度、このバックでお出かけしましょ」
桃華ちゃんも、まんざらでもなさそうです。
「じゃあ、このワンピースやカーディガンもね」
主、とっても嬉しそうです。
壁いっぱいに貼られた写真は、資料として学校提出となりました。写真のデーターがあるので、編集したDVDと一緒に貰えるそうです。
教室が、祭りの前のように戻るのに、2時間もかかりませんでした。皆が楽しそうに帰ろうとした時、どこからか声が聞こえてきました。
「センセー… 水島センセー…」
どうやら、三鷹さんを探しているようです。でも、呼ぶ声に聞き覚えがありません。
「水ッチ、こっちにいるよー」
誰かが、声を上げて教えます。すると、凄い勢いで足音がクラスに向かってきました。
「水島センセー、久しぶり!!」
よっ! と、片手を上げて現れたのは、黒い学生服を着た細身で短髪の生徒でした。細い眉毛が薄くて、目つきも悪いし、口の端を上げた唇も薄いので、怖い印象です。皆の頭には…
「誰??」
の一文字が浮いています。
「廊下は走る場所ではないと、小学校で教わらなかったんですか?なんなら、中等部からの転入に切り替えますか?」
追いついた笠原先生が、その黒い学ランの生徒の首根っこをガっ!!と、鷲掴みにしました。
「… まだ、全員いますね。では、1日早いですが、自己紹介をどうぞ」
笠原先生が手を放すと、その生徒はニカッと笑って自己紹介をしました。
「明日からクラスメイトになる、
水島センセーに命を助けてもらったんで、この学校に転入しました。皆、明日から、よろしくな!」
ざわつく皆の前で、佐伯君は屈託のない笑顔です。そんな笑顔の後ろで、笠原先生は大きく肩を落としていました。
主や桃華ちゃん、梅吉さんは、三鷹さんを見ましたが… 三鷹さん、表情を変えることなく佐伯君を見ていました。