■その81 期待?不安?数年後の未来 ■
後夜祭は、軽音部を中心に盛り上がっています。時間も時間なので、中等部の生徒は高等部になってからのお楽しみと、保護者や外部のお客さん達と共にお帰りです。
今回の文化祭についてのクイズや、有志生徒のお笑いライブ、モノマネ等、高等部の生徒と校長先生を含めた教員達が、校庭で最後の時間を楽しみました。クイズには、『2階から狙撃した先生は?』なんて問題もありました。
そんな賑わいを、僕の主の
「… いま未来の扉をあける時
… かぁ」
スっと、主は手にしていた一枚の名刺を目の高さに上げました。
「満月出版社
代表取締役
主の後ろから、桃華ちゃんが名刺を読み上げました。
「桃ちゃん…。ビックリした」
「探したわよ、桜雨」
桃華ちゃんは近くの椅子を引き寄せて、主の隣に座りました。
「皆は?」
「後夜祭、楽しんでる。
水島先生は校内の見回り。笠原先生は後夜祭の安全確保。兄さんは、正門の門番。たまに、変なのが入ってくるからね」
そう言って、桃華ちゃんは指をピストルに見立てて、「バァン」と斜め上に上げました。昼間の
「この絵さ、良い絵だけれど、不完全よね」
「不完全?」
主が聞きます。
「そう。だって家族の絵なのに、
そうですね。桃華ちゃんの言う通り、主が描かれていませんね。笠原先生は、しっかり描かれてますけど、そのことに関しては何も言わないんですね?
「… うん」
「で、その名刺は?」
微笑んだ主の手にある名刺を、桃華ちゃんは指さしました。
「顧問の芳賀先生のお友達。… さっき、職員室で紹介されたの。出来立てホヤホヤの、小さな出版社なんですって」
主は、職員室で紹介された女の人を思い出します。
白髪混じりの柔らかい髪を綺麗に編み込んだその人は、主と同じくらいの身長で、小さな花を散らしたワンピースが包む体は、主の倍はありました。丸い顔に、つぶらな瞳。真っ赤な口紅が塗られた小さな口からは、おっとりと柔らかい声が出てきました。
「出版社?」
「うん。社員、6人」
「小さすぎない?!」
桃華ちゃん、ビックリし過ぎて、声が裏返っちゃいました。
「月島さんも、笑って言ってた。今までの仕事を辞めて、お友達と作った会社なんですって。芳賀先生もあと2年後、定年退職したらここで働くつもりなんだって。今は、お手伝いしてるって言ってた。あ、これは皆に内緒ね」
「で、その人が、桜雨になんで名刺を渡すの? まさか…」
「ここで働くって言うんじゃなくて、絵本や子供向け小説の挿絵を描いて欲しいって。社員さんの中に、文を書く人はいるんだけど、皆、絵が描けないって芳賀先生に相談が言ったんだって」
「それで、桜雨が紹介されたわけね」
会社の皆さん、主の絵をとても気に入ってくれたみたいです。進路が決定する前に、捕まえて来いって社員さんに急かされたのって、言ってましたね。
「私ね、お嫁さんになる事しか考えたなかったから…」
「外に出るの、怖い? 卒業して進学なり就職なりすれば、一人だもんね。
今までとは違うじゃない? … 私は、少し怖い」
桃華ちゃんも、主のように椅子の上で膝を抱えました。
「今までは、兄さん達が護ってくれてたから。でも、卒業したら自分で立たなきゃいけないんだもの。今までみたいに、甘えてられない」
「桃ちゃん、ちゃんと考えてて、すごいな。それでも、進学して就職するんでしょ?」
「やってみたいから。進学も就職も、頑張ってみるわ。どうせ、兄さんは口を出してくるでしょう?」
主と桃華ちゃんは、顔を見合わせて笑いました。
「恋愛も、頑張るの?」
「… うん。自分の気持ちに、気が付いちゃったから。初恋よ」
桃華ちゃん、ちょっと恥ずかしそうに言って、今日歌った『ビリーブ』を口ずさみ始めました。それを聞きながら、主はそのままだな… って、思いました。
「I believe in Future(私は未来を信じてる)
信じてる…」
その部分だけ主も口ずさんで、もう一度名刺を見つめます。名刺の向こう側に星空を見て、主の唇からもう一度零れました。
「I believe in Future(私は未来を信じてる)
信じてる…」
そんな主と桃華ちゃんを、美術室の後ろのドアに隠れて、見守っている人達が居ました。