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第76話 浮かれてもいいじゃない?好きなんだもん

■その76 浮かれてもいいじゃない?好きなんだもん ■


私からあなたへ…

この歌を届けよう…

広い世界にたった一人の…

私の好きなあなたへ…



 静まり返った喫茶店の店内。明かりはカウンターの上に下がっている、ペンダントライトだけです。桃華ももかちゃんはカウンターの一番奥、レコードプレーヤーの横で、歌を呟いています。『切手のないおくりもの』ですね。手元にあるティーカップからは、立ち上げる湯気はありません。


「お隣り、いいですか?」


 お風呂上がりの主は、桃華ちゃんとお揃いのルームウェアです。

2人分のホットミルクを持って来ました。ハチミツ入りです。


「もちろん。桜雨おうめなら、いつでも大歓迎よ」


「では、失礼しまーす」


 主はいつもの様に、桃華ちゃんの隣に座ります。


「カモミール?」


「うん。飲むつもりだったんだけど、冷めちゃった」


「じゃあ、こちらをどうぞ。梅吉兄さん特製のホットミルク」


 大きなマグカップを、桃華ちゃんの前に置きました。ミルクの香りに、ほんのり甘いハチミツの香りが隠れてます。


「ファッションショー、凄かったね。私、歩くので精一杯だった」


「… うん」


 桃華ちゃんは大きなマグカップを両手で包んで、ホットミルクを見つめています。


「桃ちゃんの編んでくれたレースカーディガン、すごく着心地が良かった~。デザインも素敵だったし、桃ちゃん、あんなの作れちゃうなんて、凄いな」


「着るのが、桜雨だからよ」


「… 皆、私に優しいいな。甘すぎない?」


 主はホットミルクを少し飲んで、桃華ちゃんの横顔を見つめました。


「ハチミツ、入れすぎ?」


「そっちじゃないよ」


 そう言って、桃華ちゃんも一口。主は笑いながら、突っ込みます。


「私の周りの人は、皆、優しいなって」


「それは、桜雨おうめが優しいから。桜雨が皆に、優しさをくれるから。だから、桜雨に悪い事をしようとする人に、兄さん達は容赦しないでしょ?」


「あら、それはちょっと違うでしょ?私と、桃ちゃん。でしょ? たまに、やりすぎだと思う時があるし、今日みたいな姿見ちゃうと…」


 主、思い出し笑いです。ファッションショーの後、武道場の『お茶所』で、落ち込んでいた三人を思い出しました。梅吉さん、修二さん、勇一さんの落ち込みようが、可笑しいやら呆れるやら。今思い出すと、可笑しいですね。


「修二叔父さんは想定内だったけど、父さんのあんな姿、初めてだったわ。

兄さんのように、ショックだったのかしら?」


「愛娘だもん。綺麗なドレス着て、カッコいい男の人にエスコートされてたら、やっぱりショックだったんじゃない? でね、私、本当に余裕がなくて、その噂の人を見てないんだけど、誰だったの?」


「ペギー・リーの『Till There Was You』が分かる人。」


 桃華ももかちゃん、ちょっと微笑みました。


「素敵な人だった?」


 主はそんな桃華ちゃんの顔を、ちょっとだけ覗き込むように、顔を下げました。


「… 私、桜雨が大好きなのよね」


「私も、桃ちゃん大好き」


 桃華ちゃんも、主の方に顔を向けました。


「でも、一番は水島先生でしょ?」

「… うーん。そう言われると、難しいかな。私、誰が1番とか2番って、順位が付けられないな。龍虎りゅうこも梅吉兄さんも、大好き。でも… そうだな、三鷹みたかさんは好きだけじゃないかな。… ドキドキして、凄く欲張りになっちゃう」


「欲張り?」


「うん、欲張り。龍虎がお友達と仲良く遊んでても微笑ましいだけだけど、三鷹さんが私の知らない女の人とお話ししていたら… 嫌だなって思うし、私だけ見てて欲しいって思う。人目を気にしないで手も繋ぎたいし、ぎゅって抱きしめて欲しい… ね、欲張りでしょ?」


「大丈夫、水島先生、桜雨しか見えてないから。でも、そんな感情は、恋してたら当たり前じゃないの?」


 桃華ちゃんの言う通りです。三鷹さん、主しか見えていませんよ。


「恋かぁ… 桃ちゃんは?


「え?」


「桃ちゃんは、そんな気持ち、なったことある?」


桃華ちゃん、主に聞かれてちょっと考えてから言いました。


「まだ、気持ちがグチャグチャ… 初めは学校の先生。少し前までは、家族と同じ。でも、大森さんの一言で、変に意識しちゃって… 考えたら、笠原先生はいつも私の傍に居てくれて、話を聞いてくれて、困った時にさりげなく助けてくれて、気が済むまで泣かせてくれる… 父さんでも兄さんでも、龍虎でもない存在だなって。手を繋ぎたいな、って気持ちはあるから、最近の思わせぶりな態度にたまにイライラするのよ!」


 桃華ちゃん、飲み頃になったホットミルクを、一気に半分以上飲みました。


かんざしを贈る意味、知ってる? 『お守り』なんですって。『お前を守る』っていう意味。買ってくれたのは兄さんだけれど… 私も桜雨おうめも、素敵な簪を選んでもらったわよね」


 主、桃華ちゃんの話を聞いて、ポン! って一気に顔が赤くなりました。

三鷹みたかさんに…


「俺が買いたかった」「来年は、俺が買うから」


って、言われてましたもんね。


「「これに飽きたら、次は俺が買いますよ」って、花火大会の日、言ったのよ、笠原先生! 思わせぶり! なんてもんじゃないでしょう!?」


 桃華ちゃん、ごめんなさい、主、心ここに在らずです。


「… 手を繋いで見た花火、打ちあがる音より、私の心臓の方が煩かったわ。エスコートしてくれた手、凄く優しかったけど、見つめてきたあの目…」


 桃華ちゃんも、お顔が真っ赤っかです。


「お姫様方、そろそろ寝ないと、お肌に悪いですよ」


 自分の世界に浸ってしまった主と桃華ちゃんに声をかけたのは、素振りを終えて竹刀を手にした梅吉さんでした。





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