■その69 花火より眩しいのは君の笑顔・花火より暖かいのは貴方の体温 4■
トイレの鏡の前で身だしなみを整えながら、
「カッコよかったな…」
さっき、射的で次々に景品を落としていく笠原先生を思い出して、桃華ちゃんはぽそっと呟きました。
「いやいや、そうじゃない、そうじゃない。
笠原先生は、兄さんの友達で、うちのアパートに住んでる店子。先生だし。恋愛感情なんて、そんなの…」
大きく深呼吸して、鏡にうつった自分に「気のせい気のせい」と言い聞かせるのが、桃華ちゃんの最近の日課です。
「桃ちゃん!大変!!」
「ワン!!」
大きく息を吐いた時です。外から、秋君の吠え声と、
「桜雨?!」
慌ててトイレから出ると、提灯のない林の奥へと走っていく桜雨ちゃんが見えました。桃華ちゃん、反射的に走り出して、直ぐに追いついて気が付きました。双子君達と秋君が、更に前を走っています。整えられていない、土がむき出しの地面は、木の根っこでボコボコしています。双子君達と秋君以外は、その根っこに、何度か足を取られています。
「三島先生!」
桜雨ちゃんが、先を指さします。目を凝らすと、双子君達の先に、微かに数人の人影が…
「ヴヴヴヴーワン!!!」
秋君が唸り声を上げて、飛びつきました。
「ギャァツ!!」
「いてっ!いててて!!」
声は若い男の人ので、二人の様です。秋君が交互に噛みついているうちに、双子君達と桜雨ちゃん達は追いつきました。お祭りの音が遠くで聞こえるのに、明かりは届いていません。
「三島先生」
「東条さぁん~」
秋君の奇襲攻撃で驚いたのか、腰を抜かして地面に座り込んでしまった三島先生は、桃華ちゃんが手を差し伸べると、泣きながら、すがりついて来ました。そんな二人の前に、双子君達が両手を広げて立ちました。
「二人とも、防犯ブザー、鳴らして」
そして、双子君達の前に桜雨ちゃんが立ちました。桜雨ちゃん、ササっと浴衣の裾を帯に挟みます。双子君達、桜雨ちゃんに言われて、防犯ブザーを鳴らそうとしましたけど…
「お姉ちゃん、落とした!」
「ボクも!」
二人とも、いつの間にか落としちゃったみたいです。
「キャン!」
秋君が男の1人に捕まって、思いっきり投げられました。転がってきた秋君を、
「いってぇ…」
「チビ犬のくせに…」
「お前ら、ただで済むと思うなよ!」
桜雨ちゃん達は、怖がることなく確りと相手の目と、動きを見ていました。男二人が桜雨ちゃんに殴りかかろうとした時、その体は大きく左右に吹っ飛びました。
「お前等、誰に手を上げようとしたのか、分かってんのか!?」
梅吉さんの声です。けれど、いつもとは違って、とても怖い声です。男たちは立ち上がる前に、三鷹さんと梅吉さんに容赦なく蹴り上げられ、蹴り倒されました。
「はいはいはいはい、ストップ。それ以上は、ストップです。十分、顔の形変わりましたよ、きっと」
パンパンパンパンと、乾いた音が響きます。そんな二人を、いつもと変わらない笠原先生が、手を叩いて止めました。
「梅さん、後、やっとくよー」
「こりぁー、顔分かんねぇわ」
「あ、お願いします」
ライトの光が見えました。眩しくて、桜雨ちゃん達は顔をしかめると、そっと抱きしめてくれる人が居ました。包んでくれたか大きな体が、微かに震えているのが分かりました。
「怪我は?」
「私達は大丈夫… ちょっと、ドキドキしてるだけ。秋君と、三島先生が…」
三鷹さんの声と温もりに少し安心して、心配かけたのが分かって、桜雨ちゃんは体重を預けながら、後ろを見ました。秋君と双子君達は梅吉さんが、桃華ちゃんと三島先生には笠原先生が、それぞれ声をかけていました。皆、怪我がなさそうなので、桜雨ちゃんは少し残っていた心配が無くなって、膝の力が抜けました。すかさず、三鷹さんはサッと浴衣の裾を直して抱き上げてくれました。
「とりあえず、明るいところに行こう」
梅吉さんの優しい声に促されて、皆は神社の事務所まで移動を始めました。
三島先生を追いかけていた男二人は、梅吉さん達と来た数人の男の人たちに、がっちり羽交い絞めにされていましたが、誰が見ても逃げる元気はなさそうです。
秋君は梅吉さんの胸元に収まって、双子君達は確りと梅吉さんと手を繋ぎました。
「下駄で走って、足、大丈夫ですか? 何なら…」
「あ、歩けます」
桃華ちゃんは、抱っこしようと両腕を開いた笠原先生に、プイッと顔を背けて歩き始めます。
「痛かったら、直ぐ言ってくださいよ」
笠原先生はそんな桃華ちゃんの横に並んで歩くと、チョンと、1回だけ桃華ちゃんの手に指を触れさせました。
「い… 痛くありません」
桃華ちゃん、笠原先生の指が触れたところが、熱くなった感じを覚えて、顔まで赤くしました。
腰を抜かした三島先生は、梅吉さん達と駆け付けてくれた一人に、オンブしてもらいました。
「とりあえず、神社の息子さんともう一人は俺の後輩。あとの3人は、修二さんの後輩さんです。怖い人たちだけど、味方だから大丈夫」
「梅さん、ヒデー」
神社の事務所を借りて、皆の怪我のチェックや応急手当です。羽交い絞めにされた2人の男は笠原先生の言った通り、元の顔が分からない程腫れていました。警備で来ていたお巡りさんに、引き渡されました。
ゲラゲラ笑っている5人のうち3人の顔に、桜雨ちゃんと桃華ちゃんは見覚えがありました。しかも、一人は獣医の先生です。ずんぐりむっくりしたクマのような獣医の先生が、確りと秋君を診察してくれています。
「で、どうしたんです?」
椅子に腰かけて俯いている三島先生に、笠原先生が聞きます。三島先生、着いて早々に、浴衣の着崩れを桜雨ちゃんに直してもらって、今は治療してもらっています。足の親指と人差し指の付け根の靴擦れが、だいぶ酷くなっていました。
三島先生、手当てしてくれている桜雨ちゃんの頭を見つめながら、半べそで話し始めました。
「あの後、東条先生を見つけられなくて、けど、小暮先生と会えたんですけど、この人込みではぐれちゃって… 絆創膏は貼ったけど足は痛いし、暑いし、人多いし… でも、そのうち誰かに会えるだろうなって思って、ヤキソバとかき氷食べたりしてたら、あの男の人たちに声かけられて… 断っても断ってもしつこいし、どこかに連れて行かれそうになったから…」
「秋君がね、気が付いたんだよ」
とうとう泣き出した三島先生の頭を、
桜雨ちゃん、三島先生の靴擦れに絆創膏じゃなくて包帯を巻いて、静かに立ち上がりました。
「秋君が吠えて、お姉ちゃんの抱っこから飛び出したから、冬龍とボクも気が付いたんだ」
「そうか。秋君も龍虎も、頑張ったな。もし今度あったら、無い方がいいんだけど、一人は兄さん達の所に知らせに来てな。防犯ブザー、持っててもだよ」
梅吉さんは、椅子に座っている夏虎君の頭を撫でた後、ギュッと抱きしめました。冬龍君の事は、桜雨ちゃんの隣に立っている三鷹さんが抱きしめました。
「心配したよ」
「うん。次はそうするね」
「いや、次が無いのが一番いいんだけどね」
明るく答える夏虎君に、梅吉さんは苦笑いです。
「ボクも、気を付けるね」
冬龍君も三鷹さんと桜雨ちゃんに笑いかけました。
「秋君、異常はないよ。元気元気!」
獣医の先生のとっても大きな手が、優しく秋君を冬龍君に渡してくれました。
三島先生、頭上から来た秋君にビクッ!としましたが、恐る恐る小さな黒い頭を撫でました。ちょっこッとだけ。
「ありがとう」
鼻をすすりながら、秋君にお礼を言った三島先生に、冬龍君はニコニコです。秋君は、嬉しそうに尻尾を振りました。
「皆さん、本当に、ありがとうございました。ごめんなさい、座ったままで」
三島先生は落ち着いたようで、お礼を言って頭を下げました。
「さっき、迷子のアナウンス頼みましたから、そのうち小暮先生がこちらに来ると思いますよ」
笠原先生、相変わらずいい仕事。と、「迷子の小暮先生」で、桜雨ちゃんと桃華ちゃんはちょっと笑いました。
「じゃぁ、待ってます」
「さぁ、俺たちは花火だ」
三島先生が落ち着いたのを確認して、梅吉さんが皆を促しました。
「先生、今は包帯しかなかったので巻きましたけど、貼りっぱなしで傷を治してくれる絆創膏、あれがいいと思います」
「白川さん、手当までありがとう。帰り、コンビニで買って貼るわね。
弟君達も、秋君も、本当にありがとう」
三島先生が小さく手を振って、桜雨ちゃん達を見送りました。
「いいなぁー。私も、東条先生と、手を繋ぎたいなぁ」
三鷹さんは桜雨ちゃんと確り、笠原先生は桃華ちゃんと手が触れるか触れないか…、梅吉さんは両手に龍虎くんと、それぞれ手を繋いでいるのを見て、三島先生は溜息をつきました。