■その68 花火より眩しいのは君の笑顔・花火より暖かいのは貴方の体温 3■
神社の舞台では、子ども達のお囃子が絶えることなく奏でられ、無意識のうちに人々のお祭り気分を盛り上げていました。足元を照らす頭上の提灯の列は、たまに吹く強めの風に揺られて、一瞬だけ影が濃くなります。屋台の火力と、人々の体温で、秋も終わろうという時期の夜なのに、浴衣でもじんわりと汗ばんでいます。
「お姉ちゃん、持っててー」
頑張ってすくった金魚は、7匹でした。そのうち、夏虎君は黒の出目金を2匹、赤い出目金を1匹すくいました。双子君達は、金魚の袋を桜雨ちゃんに渡して、次の輪投げに向かいました。
「大きめの水槽、買わなきゃ」
金魚が泳ぐ2つの袋を見て、桜雨ちゃんはニコニコです。
「鯉のエサは、やめておいた方がいいらしいわ。すっごく、大きくなるんですって」
「桃ちゃん、それって、ナマズぐらいまで育つ? 7匹いるから、とっても大きな水槽じゃないと、窮屈で可哀想だよね?」
「その前に、そんな大きな水槽、どこに置くのよ?」
「餌が金魚用でも、入れ物を大きくすれば、それに合わせて大きくなりますよ。試しに、1匹だけ別の水槽で飼ってきますか?」
笠原先生が、金魚を覗き込みます。
「だから、どこに置くんですか? その水槽」
「学校の科学室にでも置きますか?」
笠原先生の眼鏡に金魚が映っているのがちょっと可笑しくて、桃華ちゃんは笑いをこらえながら突っ込みます。
「
チョンチョンと金魚の袋を軽~く突っつきながら、桃華ちゃんは言います。
「… それも、そうですね」
そんな横顔を眼鏡越しに盗み見て、笠原先生はポリポリと頬をかきました。
「カサハラ先生、タカ兄ちゃん、あれ、あれ取って!」
笠原先生と
カウンターの上にそれぞれ200円を置いて、笠原先生と三鷹さんは射的の銃を構えました。玉は5発。笠原先生、いつもの猫背がピン!と伸びました。その姿に、桃華ちゃんはドキッとしました。二人とも身長があるし腕が長いので、お店のおじさんに下がる様に言われて、5歩ほど下がります。
「どれですか?」
カサハラ先生が聞くと、冬龍君が指をさして答えます。
「3段目の右端にある、『コッパんマン』の貯金箱」
「了解」
パン!
一発です。一発で、並んでいたビニール袋の貯金箱が2つ、棚から落ちました。それを皮切りに、笠原先生は夏虎君の、三鷹さんは冬龍君がリクエストした物を、見事撃ち落としていきます。
「オニイちゃん達、今度から出禁ね。ほんと、勘弁して」
二人とも景品と一緒に、お店のおじさんから一言も頂きました。
貯金箱2つに、サッカーボウル、遊園地・映画のペアチケット、商店街で使える1万円分の商品券、ゲームソフト3個、大きな水鉄砲が2つ。これが、たったの400円。大収穫で、双子君達は大喜びです。いつの間にかギャラリーに囲まれていて、その一番前で、
次は『型ぬき』に7人で挑戦です。神社の一番端っこなので、ちょっと薄暗いです。ビールケースの上に、半分に折ったベニヤ板を置いただけの机に、向かい合ってビールケースの椅子に座ってチマチマチマチマ…。小さなピンク色のお菓子の板を、書いてある絵にそって爪楊枝で抜いていきます。
「あー… この曲がり角、難しいや。おじちゃん、もう1回」
夏虎君、割れてしまった板をポイっと口の中にほおり込んで、50円玉を出しました。ラムネの味がじんわりと口の中に広がり、それを味わいながら2回目に挑戦です。その横で、冬龍君はじっくりじっくりと、爪楊枝を進めています。
「秋君、お願い、手は出さないで~」
先生組は、長身の体を出来るだけ丸めているので、はたから見てちょっと可笑しいです。梅吉さんは、胸元からチョイチョイを秋君が前足を出すので、集中しきれません。折れそうになる直前で手を止めては、丸めた背中を伸ばします。
「桜雨、何狙う?」
「クマのぬいぐるみ。秋君に似てるのがあったから。桃ちゃんは?」
「商店街の商品券」
桜雨ちゃんと桃華ちゃんは、手首に金魚の袋をぶら下げながら、チャレンジ中です。
景品のランクによって、抜き取る絵柄の難易度が変わってきます。桜雨ちゃんより、桃華ちゃんの方が難しそうですね。
「あー… ダメだ。おじさん、もう1回」
桃華ちゃん、再チャレンジです。
型ぬきをやっている人たちは黙々と、たまに「あー」と声が上がりますが、基本黙々とやっているので、ここのブースは基本静かです。
何度目の挑戦でしょうか? 皆、なかなか達成できなくて、いい加減集中力が切れ始めてきた頃、聞こえてくる音楽が、お囃子から神楽に変わりました。
「奉納舞だわ」
「もう少ししたら出ないと、花火始まっちゃうわね」
「これが、ラストチャンスね」
桃華ちゃん、大きく深呼吸をして、最後の集中です! が、直ぐにパキッと小さな音を立てて、板は真っ二つに割れてしまいました。言葉も溜息もなく、桃華ちゃんは固まりました。
「あー… 私もダメだぁ」
その横で、桜雨ちゃんの板も割れてしまいました。
「お姉ちゃんも桃ちゃんも、なっさけないなぁ~」
「そんなこと言って、夏虎は何個食べたのよ」
後ろからヒョッコリ顔を出した夏虎君の顎を、桃華ちゃんはムニムニと揉みました。
「今年は10個」
「ボク、6個」
「お腹壊しても知らないよ」
二人とも、景品は取れていないようです。
「お姉ちゃん、トイレ行きたい」
「ボクも」
「花火の前に、行っておこうか。梅吉兄さん…」
桃華ちゃんが振り向くと、先生組はまだ集中しています。凄い集中力です。三鷹さんは、剣道の試合をしているかのような気迫まで、漂わせています。何を狙っているんでしょうか?
「ああ、トイレね。行こうか」
「いいわよ、もう少しなんでしょ? すぐそこだし、防犯ブザーもあるから」
桃華ちゃん達が腰を上げた瞬間、梅吉さん達が反応しました。さすがです。けれど、桃華ちゃんはめんどくさそうに手をヒラヒラとして、拒否しました。
「私達、型ぬきの景品取れなかったから、誰か一人ぐらい取って来てよね」
「秋君、くる?」
桜雨ちゃんが手を広げると、秋君は嬉しそうに梅吉さんの胸元から飛び出しました。秋君、桜雨ちゃんに抱っこされて、ご機嫌に尻尾を振っています。代わりに、梅吉さんは2人の金魚を受け取りました。
冬龍君は桜雨ちゃんと、夏虎君は桃華ちゃんと、ちゃんと手を繋いでトイレに向かいました。そんな後ろ姿を見て、先生組は最後の集中にはいりました。