■その67 花火より眩しいのは君の笑顔・花火より暖かいのは貴方の体温 2■
今夜は近所の神社で収穫祭です。浴衣を着るにはちょっと涼しいですが、お祭りと花火は浴衣だ! と、たくさんの人が浴衣姿で来ています。
神社の手前、雑踏の中でも、お囃子の音がしっかりと聞こえます。
屋台が所狭しと並んで、ソースの美味しそうな香りや、鉄板で焼かれる音が、皆のお腹を刺激します。ヤキソバ、イカ焼き、お好み焼き、たい焼き、たこ焼き、焼き鳥、ケバブ、クレープ、かき氷、チョコレートバナナ、あんず飴、ベビーカステラ、じゃがバター、… 見たら最後です。
食べ歩きをしていても、直ぐに手が何本あっても足りなくなります。なので、そこそこで桜雨ちゃんのお母さんの美和さんが、やんわりとストップをかけます。
とりあえず、まだ神社の鳥居をくぐっていませんが、お食事タイムです。
そうなんです。まだ、神社の手前なんです。
人込みから少し外れた所で、皆で買った物をつまみ始めました。
「美和ちゃん、これ美味しいよ~」
いつもはメチャクチャ怖い顔なのに、大好きな美和さんに焼き鳥を「あーん」する顔はデレっデレな修二さんです。
「ウメ兄ちゃん、あーん」
浴衣の胸元にワンコの秋君を入れた梅吉さんは、右手がイカ焼き、左手がお好み焼きで塞がっているので、
「おっと、秋君はこれ。… 取れない」
顔を伸ばしてケバブを食べようとした秋君に、梅吉さんは袖口から何かを出したいようですが、動けません。袖を振るだけでは、目的の物は出てきません。
「ワンワン」
秋君の催促です。
「えー、誰か…」
「失礼します!」
意を決した、女性の声でした。困っていた梅吉さんの後ろから、細くて白い腕がズボッと袖に手を突っ込んで、袋を取り出しました。
「あ、三島先生じゃないですか。ありがとうございます。ついでに、それ一つ、秋君にあげてくれます?」
微妙な顔でプルプル震えていたのは、梅吉さんの職場の後輩にあたる、三島先生でした。大きな目に、じんわりと涙が…。
紺地に大きな白抜きの桔梗と、小さくカラフルな桔梗が散った柄の浴衣に、渋めの赤い帯。編み込んで結い上げた髪は、いつもより明るめの茶色で、帯と同じ色の髪飾りが低い位置で挿してあります。
袋の中身は、秋君専用のオヤツです。
「あ、あげるんですか?」
「ワン」
「ひゃっ!」
そうでした。三島先生、犬が苦手でした。
秋君が、可愛らしく催促です。皆の視線が、三島先生に集まっていました。
「噛みませんから」
苦笑いする梅吉さんをチラッと見て、三島先生は逃げ腰で、手をプルプル震わせながら、秋君の口元にオヤツを持っていきました。
パックン。
秋君は上手にオヤツだけを咥えると、一度上を向いて口の中にオヤツを落とし込みました。ご機嫌に、モグモグしています。本当は、前足で押さえて食べたいんでしょうね。でも、そこまでのサイズも、場所もありませんので、我慢です。
「ね?大丈夫でしょ?」
「は… はひぃ…」
梅吉さんにニッコリ微笑まれて嬉しいけれど、秋君は怖いし、でも、噛みつかれはしなかったし、でも怖いし… と、三島先生はプチパニックでした。
「三島先生、こんばんは。お1人ですか?」
そんな三島先生に、桃華ちゃんがベビーカステラの入った大きな紙カップを差し出しながら、ちょっとぶっきらぼうに声をかけました。
「あ、東条さん、こんばんは。小暮先生が誘ってくれたんだけど、待ち合わせ場所、間違えたのかしら? 姿が見えなくてキョロキョロしていたら、先生方が見えたものだから。鳥居って、ここよね?」
「ああ、兄さん達、大きいですからね。
鳥居は、もう1か所ありますよ。でも、そっちも同じぐらい込んでいるだろうから… 連絡しちゃった方が、早いですよ」
三島先生、ベビーカステラを一つつまんで、お口に入れました。
「いただきました~。
それが、スマホの充電切れちゃって…。東条先生と会えるって聞いてたから、いっぱい写真撮ろうと思って、しっかり充電してきたつもりだったんですけどぉー。あ、東条さん、東条先生と私の写真撮ってくれる?」
さっきまで怖がっていたのは、どこにいっちゃったんでしょうか?三島先生は、ニコニコと梅吉さんの隣に並ぼうとしました。が、やっぱり、秋君は気になるようで、もう一歩が詰め切れません。秋君、ジィーっと、三島先生を見てますしね。
「あ、すみません。私も、桜雨との写真を、たぁっくさん! 撮ろうと思っているんで。充電、無駄にしたくないんです」
うわっ、桃華ちゃん、あからさまですね。
「あら、貴女のスマホじゃなくって、東条先生のスマホでいいのよ。そうすれば、後でLINEでもらえるもの」
三島先生、引きませんね。
「兄さんのスマホは、私と桜雨を撮るので精一杯だと思いますよ。なんてったって、『シスコン』ですから」
桃華ちゃん、梅吉さんの袖口からスマホを取り出して、ホーム画面を三島先生に見せました。桃華ちゃんと桜雨ちゃんの、笑顔のアップです。
「あ…」
「ウメ兄ちゃん、金魚すくい行こう!」
「あ、ボク、ヨーヨーやりたい」
何か言おうとした三島先生の前を、双子君達が勢いよく横切って、梅吉さんの両袖を掴んで引っ張って行きました。屋台ご飯でお腹が満たされたら、ジッとはしていられませんよね。
「え? ちょっ、ちょっと待って~」
二人の伏兵に、
「三島先生、これ」
その足元を見て、桜雨ちゃんが慌てて追いかけて呼び止めて、オレンジ色の
「替えの分もどうぞ。ご自宅まで、もつと思うんですけれど…」
「白川さん、ありがとぉぉぉー」
三島先生、下駄の鼻緒で靴擦れしちゃってたんですね。有難く絆創膏を受け取ると、下駄を脱いで絆創膏を張ろうとしましたが…
「東条先生に、貼ってもらいたいわ!」
と、絆創膏を握りしめて、不自然な足取りで、人込みの中に走り出しました。梅吉さんが消えた方向へ。
「三島先生、変な根性はあるわね」
「我が息子ながら、相変わらず、あの手のタイプに好かれるわね」
「梅吉君、今日も子守りになっちゃって、申し訳ないわ~」
「龍虎が居れば、あのネェチャンも、梅に変な事しないだろ?」
そんな様子を後ろで静観していた一同は、桃華ちゃんのベビーカステラをつまみながら、口々に言いました。
「じゃぁ、花火開始まで解散なー」
そう言って、修二さんは美和さんの手を確り握ると、仲良く神社の方へと歩き始めました。
「
カランコロンと、小気味いい下駄の音を残して、美世さんと勇一さんも神社の方へと向かいました。美世さんの手は、勇一さんと確りと繋がれていました。
「桃ちゃん、私達も行こう」
桜雨ちゃんは、いつもの様に桃華ちゃんに手を差し伸べました。いつもの事なのに、桃華ちゃんはその差し出された小さな手がとても嬉しかったし、安心もしました。
「輪投げ、やろうか?」
「型抜きもやりたいな」
手を繋いだ二人は、楽しそうに歩き出します。その後ろを、いつもの様に、にこりともしない三鷹さんと笠原先生が付いていきます。二人とも、しっかりとスマホで1枚、笑いあう桜雨ちゃんと桃華ちゃんの写真を撮っていました。もちろん、被写体には内緒です。