■その66 花火より眩しいのは君の笑顔・花火より暖かいのは貴方の体温 1■
土曜日の、人で賑わう商店街。まだ夕方前なのに、桜雨ちゃんちのお花屋さんと、桃花ちゃんちの喫茶店のドアには『CLAUSE』の看板が掛けられました。
皆さん、こんばんは。こんばんは、というにはまだ少し時間が早いんですけれど。
三鷹さんのお守り
今夜は、神社で行われる収穫祭です。そのお祭りに行くために、お店は早仕舞いしました。
2階のリビングは、大きな
「あ、美世さんの帯飾り、素敵」
「でしょう。
さすが、
「買ってもらっちゃった」
「桜雨ちゃんのネイルも可愛いわね。ショッキングピンクのフレンチ? でも、花柄と一本づつ交互なのね。桃華は、青紫で同じデザイン? 二人とも、素敵じゃない」
「青紫って、なかなか身に着けないけど良い色ね。ネイルサロンでバイトしてる友達が、昨日やってくれたんだけど、意外と取れないモノね。丸一日、家事しても大丈夫だわ」
「私は慣れないから、爪が重たい感じ」
そんなキャッキャした声を聞きながら、東条家の方では男性陣が支度をしています。と言っても、着付けが出来るのは、桃華ちゃんのお父さんの勇一さんと梅吉さんの二人です。
二人とも浴衣に着替え終わり、勇一さんは淡々と、梅吉さんは隣の話に耳をダンボにしながら、皆の着付けをしています。
「タカ兄ちゃん、秋君の浴衣は?」
「ワン」
「秋君用か~。来年、作ってみようか」
衝立の向う側から、桜雨ちゃんが答えました。
「じゃあさ、僕たちとお揃いの浴衣がいいな」
「
桜雨ちゃんのお父さんの修二さんは、浴衣姿で椅子に座って、早々に缶ビールを飲んでいます。いつもの伊達眼鏡がないので、怖い目つきが丸出しです。
「来年、家庭科でやると思うんだけど、自信ないなぁ~」
「私も、自信なーい」
衝立越しに、桜雨ちゃんと
「笠原と三
「俺の専科は化学ですよ。分析は出来ますが、裁縫は無理です」
笠原先生も、冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出しながら答えます。
三鷹さんは、秋君の首輪にカエルの反射板を付けています。ちなみに、今夜の私は三鷹さんの浴衣の袖にスタンバイです。
そんなやり取りをしている間に、双子君のお着替えは完成しました。
「修二君が馬鹿な事言っている間に、出来たわよ~」
同時に、美世さんのご機嫌な声と同時に、部屋を分けていた衝立がずらされました。
「… ヤバ、天女が4人もいる」
修二さんはごっくんと大きく喉を鳴らして、ビールを飲み込みました。
「可愛すぎない? 変な虫、寄ってきちゃうじゃん」
梅吉さん、オロオロしながら桜雨ちゃんと桃華ちゃんの周りをまわっています。
「そう! 綺麗すぎる!」
修二さんが共感します。
「親バカ、兄バカはそのぐらいでいいから、行くわよ」
そんな二人に突っ込みを入れて、美世さんは冬龍君の着付けを終わらせて、そのまま胡坐をかいていた勇一さんの手を取りました。
「お疲れ様、勇一さん。向こうでヤキソバ、食べましょう」
いつもの無表情で、勇一さんは繋がれた手をそっと握り返しました。
「あ、三鷹さん。これ、
そんな桜雨ちゃんは、三鷹さんに大小の鬼灯がぶら下がった
「来年は、俺が買うから」
そう言って、三鷹さんがその簪を手に取ろうとしましたが…
「簪なら、お父さんが買ってあげます!」
サッと横から修二さんが手に取り、ササっと桜雨ちゃんのお団子に挿しました。
「… お父さん、嫌い」
桜雨ちゃんは可愛い頬をプクッと膨らませて、三鷹さんの手を取って歩き出しました。
「え、桜雨ちゃん… 嘘だよね?
お父さんのこと嫌いって、嘘だよね?」
修二さん、慌てて桜雨ちゃんの後をついていこうとするのを、呆れた声で美和さんが止ました。
「修二さん、余計な事をするから~。私のエスコート、
「ダメダメ。美和ちゃんのエスコートは、誰にも譲らない」
慌てて向き直った修二さんは、スっと美和さんに手を差し出しました。
美和さん、桜雨ちゃんとよく似た顔で、ニッコリとほほ笑みました。修二さん、もうデロデロです。
「よし!
「「はーい」」
双子君の帯には、帯飾りのように防犯ブザーがぶら下がっていました。もちろん、カエルの反射板もそこについています。それを確認して、どたどたとリビングを出ていきます。その後ろを、秋君を抱えた梅吉さんが付いていきました。
「まったく、出るだけでもひと騒動だわ」
「東条は、挿さないんですか?」
帯の微調整をしながら呆れている桃華ちゃんに、一連の騒動を椅子に座って、見守っていた笠原先生が声を掛けました。
ビールを吞みながら。
「あ・・・
桃華ちゃん、笠原先生と目が合った瞬間、ピタッと動きが止りました。
今夜の桃華ちゃんのヘアースタイルは、編み込みを左下でお団子にまとめています。
「イヤでなければ、挿しますよ」
ん? と、笠原先生が桃華ちゃんに手を差し出しました。
「… 嫌じゃ、ないです」
桃華ちゃんは、笠原先生に選んでもらった簪を、笠原先生の前まで進んで、差し出しました。桃華ちゃん、笠原先生の顔は見ていません。見れないみたいです。
「趣味に、合いましたか?」
笠原先生は椅子から立ち上がって簪を受け取ると、クルクル回して簪を見ています。
「本当は、これじゃない方が…」
「趣味じゃなかったら、買いません」
「そうですか、それは良かった」
桃華ちゃんがキッパリ答えると、笠原先生はニコリともしないいつもの顔で、桃華ちゃんの髪に簪を挿しました。顔の横、頬のあたりにちょうど見える位置です。
「これに飽きたら、次は俺が買いますよ。さ、行きましょうか」
さらっと促して、笠原先生は桃華ちゃんの後ろを歩きました。なので、桃華ちゃんの顔が真っ赤になったのは見えませんでしたけど、真っ赤な耳は確りと見ていました。