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第65話 お兄ちゃんの心配

 皆さん、こんにちは。桜雨おうめちゃんの傘の『カエル』です。


 文化祭の準備も佳境に入って、学校全体がバタバタしています。時間の合間を縫うように、3年生と2年生は進路指導もあるので、先生たちもグッタリです。


「今年の2学期は、なんでこんなに忙しいんだと思う~?」


 周りを本棚で囲まれて、長い机を挟んで、主の前に座っている梅吉さんは、グデーっと机に顔を埋めていました。教室は、文化祭の準備で使っているので、図書室の一番奥の席です。出入り口に『面談中』のプレートが下がっているらしいですけど、念のためらしいです。


「私達が2年生だから? なら、来年はもっと忙しいのかな?」


 主はそんな梅吉さんに、ポッキーの箱を差し出しました。


「皆の成績と、進路次第だろうなー」


 梅吉さんはゆっくり顔を上げて、箱からポッキーを一本取りました。けれど、口に入れずに、目の前でクルクルクルクル…


「梅吉兄さん、担任受け持ってないのに? 3年生は、クラスも担任も2年から持ち上がりでしょ? それとも、笠原先生と交代するの?」


 主はポッキーをポリポリ…


「えー、やだー」


 梅吉さん、ようやくポッキーを食べました。


「3年で担任持つと、胃薬手放せなくなるもん。それに、誰がどう見たって、3年の担任には俺なんかより笠原の方が適任でしょう? 俺は、副担任で充分。高浜先生に、これ以上怒られる材料、作りたくないしー」


「なら、怒られない様にしてくださいよ。こちらまで被害がきます。

お待たせしました」


 資料を抱えた笠原先生が、立ち並ぶ本棚の隙間から姿を現しました。いつも通りのボサボサ頭に眼鏡、長身の猫背と白衣がトレードマークですね。

梅吉さんの隣に座ると、主によく冷えたペットボトルのお茶をくれました。


「ありがとうございます。

 あの… 梅吉兄さんも同席ってことは、私の進路、問題ありますか? やっぱり、お嫁さんじゃダメですか?」


 主は心配そうに笠原先生を見ました。


「いいえ、違いますよ。進路に問題がないとは言い切れませんが、そこはまぁ、水島先生とよく話し合ってください。今日は、東条さんの事です」


 進路って、お父さんとお母さんと相談するんじゃなかったでしたっけ?


 三鷹みたかさんの名前が出て、主はちょこっとだけ恥ずかしそうにしました。だけど、桃華ももかちゃんの名前が出ると、ちょっと困った顔になりました。


「最近、桃華ちゃんてば俺にも冷たいのよ~。反抗期かな?」


「最近、ぼーっとしていることが多いですね。他の教科の先生からも、ああ、お叱りじゃないですよ。心配して、聞かれるんですよ。日曜の買い物の時も、様子がおかしかったですしね」


「お兄ちゃん、何か怒らしちゃったかな?」


 本当に、梅吉さんは桃華ちゃんと主の事に関しては、弱いですね。


「夏休みから最近まで、色々あってバタバタしてたからさ、何か怒らせるようなこと、しちゃってた?」


 梅吉さん、また机に引っ付いて、半べそかいています。


「梅吉兄さん、心当たり、有るの?」


 主は笠原先生に貰ったお茶を飲みつつ、どう伝えるべきか悩んでいました。


「色々考えたんだけどさ、無いんだよね~。それどころか、高浜先生に怒られた理由のほとんどが、三鷹みたかのとばっちりじゃんて思い出して、それはそれで切なくなってるー」


「梅吉兄さん、相当お疲れね。ここまでグズグズする兄さん見たの、久しぶり…」


 感心するほどのグズグズっぷりに、主はスカートのポケットから、大きなキャンディを出しました。


「さっき、クラスの子に貰ったの。はい、お裾分け」


桜雨おうめちゃん、ありがとー」


 梅吉さんはグズグズしながらキャンディを頬張りました。右頬が、リスの頬袋みたいにポッコリと膨れました。


「その口で、喋らないでくださいよ。よだれ、垂れますから。で、こちらといしては、怒られる心当たりはないんですが、まぁ、察しはついたという所で…」


 笠原先生、静かに自分の胸元を指さしました。


「当たりです。さすが、笠原先生」


 主、ニコニコしながら、小さく手をパチパチしました。けれど、直ぐに眉の間に皺を寄せて、困ったように話を続けます。


「お友達に言われた一言が発端なんですけどね。

 今まで疑問も何も持たずに、それが当たり前の日常だった事が、たった一言で心がざわついちゃったみたいで。その一言が無かったら、多分、考えもしなかったかもしれないし、考えるのはもう少し後だったかもしれないし… まぁ、考えもしないってことはなかったかも。きっと、自分で気が付いてだったら、ここまで迷っていないと思うんですよね。お友達に、しかも核心をズバッと言われちゃったから…」


 主も、最近の桃華ちゃんを心配しています。けれど、主はあえていつも通りにしています。


「笠原先生や梅吉兄さん変に気を使うと、桃ちゃん、ますます迷っちゃうと思うんですよね。だから、いつも通りにしていてほしいな~って、私の要望です。私も、静観中だし」


 下がり気味の目尻と眉尻をさらに下げて、主は言います。梅吉さんと笠原先生は、顔を見合わせました。


「うん… 桜雨ちゃんがそう言うなら。でも、何かあったら、直ぐ言ってね」


 梅吉さん、口の中のキャンディーが滅茶苦茶ジャマそうですね。


「はーい。『報・連・相』は、忘れません」


「お兄ちゃん、心配よ~。ってかさ、少し前までは『お兄ちゃんが一番大好き!』って、言ってくれてたのにさぁ…」


 小さく右手を上げた主の前で、梅吉さんはまたヘニャヘニャ~っと、机にとけました。そんな梅吉さんを見て、主は小首を傾げながら苦笑いです。


「静観ですか…」


 笠原先生は、主から貰ったポッキーで上唇とトントンとしながら、何やら考え込み始めました。


「お兄ちゃん、心配・・・」


 そんな笠原先生を横目でチラッと見て、梅吉さんは小さく溜息をつきました。


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